鳥谷がプロ14年間で積み上げた2000本安打の偉業

「いつもどおり。毎打席毎打席、集中していこうと。特別な思いはなかった」
 阪神の鳥谷敬(36)は「つなぐつもりで」、その記念すべき打席に入っていたという。
 9月8日。甲子園球場。
 先の広島3連戦で5安打を量産して、カウントダウンを早め、2000本安打に王手をかけての第1打席。2点を追う二回一死一塁で巡ってきた。試合前には、「1打席目に決めないとプレッシャーがかかる。何とか打ちたいな」と考えていた。甲子園は、異常な盛り上がりを見せていた。あと1本までの時間が長ければ、長いほど、その大声援が、やがてプレッシャーに変わっていくことはわかっていた。
 横浜DeNAの井納翔一の落ちの甘いフォークを捉えた低い弾道の打球は、ジャンプした二塁手、柴田竜拓の頭上を越えて、右中間を深々と破るタイムリー二塁打となった。綺麗なヒットだった。

「(打球が)抜けて転がってるときに『そういえば、2000本目だな、と』」と思ったというから、いかにも鳥谷らしい。それほどの集中力だったのだ。

  二塁ベース上では、主将の福留孝介より先に、早大の1学年後輩、田中浩康が横浜DeNAを代表して花束を渡した。その際、田中が、「ハグとかいらないですよね」と聞くと、鳥谷はニヒルに笑って「いらねえ」。田中はハグする気で広げた両手をひっこめた。縁のある後輩の登場に鳥谷は「2000本を実感した」という。

 藤田平氏も金本監督も福留(日米通算)も甲子園で達成できなかった偉業をファンの前でやってのけた。

 野球人生の勝負をかけたプロ14年目、36歳、崖っぷちのシーズンだった。
 
 2016年は大スランプに終わった。チームから、強く引っ張ることを求められ、打撃改造に取り組んだ。開幕は「6番・ショート」。和田豊監督時代の2015年は、1番、或いは3番を打っていた鳥谷には、新しい打順への戸惑いもあった。ボールを長く見て、左手の押し込みが強く、左中間へ打球が伸びていくのが、鳥谷のバッティングの特徴であり、過去3度、シーズン最多四球を選んだほどの選球眼の良さの理由だったが、新しい試みで、その良さを失い、慣れぬ打順で打撃のリズムが崩れ、ポジションを北條史也に明け渡した。
 
 7月24日の広島戦では、ついにスタメンを外れ、連続フルイニング出場記録は667試合で途切れた。今季も金本監督の構想では、ショートに鳥谷の名前はなかった。
 

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