世界的な建築家として知られる安藤忠雄氏。建築家で、多数の建築と文学に関する著書でも知られる名古屋工業大学名誉教授、若山滋さんは、安藤氏の人生そのものが“ドラマ”であり、「特異な建築家」と評します。独学で歩んだ建築家への道のり、そして独自の「美しいコンクリート」の作品群……。今回は、異端児ぶりでも人気を博してきた安藤氏そのものを取り上げます。


安藤忠雄という建築

六本木に展示建設された光の教会

 安藤忠雄の壁は、天と地の間に、光と風と水を踊らせる。
 今回はこれまでのような一つの建築ではなく、安藤忠雄そのものを建築として扱ってみたい。

 デビュー作は「住吉の長屋」という小さな住宅で、初めてその写真を見たときの鮮烈な印象を、今も忘れることができない。窓のないコンクリートの箱は牢獄を連想させたが、不思議な力強さがあったのだ。

 しかしまさか、これほど普遍的な、世界的な建築家になるとは、思いもよらなかった。誰もが彼を「特異な建築家」と考えたのだ。つまり安藤忠雄ほど、その人生がドラマになる建築家は滅多にいない。
 
 そこに顕現する不思議な空間力の源泉は何であろうか。

 まず、彼の作品を圧倒的に特徴づける「美しいコンクリート」について考える必要がある。

完璧な打放しコンクリートの壁

21_21 DESIGN SIGHT

 セメントと砂と砂利に水を加えて乾燥凝固(水和反応)させるコンクリートは、古代ローマ以来、西洋建築の基本的な材料(構法というべきか)であった。

 それが近代的なものとなったのは、鉄筋によって補強されるようになってからであるが、その上に石やタイルを貼ったり、塗装したりしては、単に構造技術の革新に過ぎない。あの巨匠ル・コルビュジエが「打放し」として使うことによって、モダニズムの象徴的な構法となったのである。しかし一般には「工事中のよう」と評判が悪く、前衛的な建築が社会に受け入れられにくい一因となっていた。

 安藤は、三尺・六尺の規格のベニア板コンクリート型枠の継目と、それを止めるセパレーターという金具の跡を、完全に整理して意匠とした。鉄骨のリベットをデザインするようなものだ。こういうところは構造と施工の技術範囲で、建築家の意匠の範疇ではなかったのであるが、安藤は、型枠大工に宮大工と同じ精度を求め、まったく新しいデザインに一変させたのである。

 コンクリートの打設は、やり直しのきかない一発勝負だ。若いときは事務所員総出で型枠を叩いたという。竣工後傷んだところには自ら修復に出かけたという。執念のコンクリートである。

 つまり彼のコンクリートは、ローマ以来の西洋の組積の伝統技術と、日本の木造の伝統技術と、ル・コルビュジエの前衛造形とが生み出したハイブリッドなのだ。

 したがって安藤の建築においては「壁」が主役である。

 日本は木の文化の国であり、木造建築においては、柱と梁と屋根が主役で、そこに襖や障子がはめ込まれる。どちらかといえば、壁は脇役であった。安藤によって、日本建築は初めて、西洋の石造組積建築に匹敵する壁を獲得したのだ。

 そしてその完璧に打込まれたコンクリートの壁によって、安藤は自然空間を詩的に切り取った。

 建築に庭の緑を加えるのは誰でもやることだが、安藤はそこに、光と風と水を参加させ、外部と内部を融合して、写真のカットのように美的な空間を創出してみせる。彼の壁は、単に生活空間を囲む壁ではなかったのだ。

 「水の教会」「風の教会」「光の教会」の教会三作は、名前のとおりその典型だが、特に「光の教会」における、壁を端から端まで切り取った十字を漏れる光は、素朴なコンクリートの箱に、見事な神聖を付加して、代表作の一つとなっている。

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