ベニー・グッドマン(右から2人目)とペギー・リー(右端) 映画「ステージドア・キャンティーン(Stage Door Canteen、1943年)」より

 ジャズ評論家の青木和富さんのコラム第8夜をお届けいたします。1930年代、仕掛け人はジョン・ハモンド。ジャズがひとつのジャンルとして認められ、ミュージシャンたちの活躍の場がどんどん増えていき、さまざまな才能が発掘されていくことになります。今回はその中でも特筆すべき出来事を紹介します。

【連載】青木和富の「今夜はJAZZになれ!」

カーネギー・ホールでの歴史的なコンサート

 1938年1月16日、ニューヨークのカーネギー・ホールで、歴史的なコンサートが開かれた。何が歴史的かというと、カーネギー・ホールで開かれた初めてのジャズ・コンサートだからである。主人公は、むろん、当時「キング・オブ・スイング」と呼ばれ人気絶頂のベニー・グッドマン。当初、グッドマンは、この晴れの舞台に自分が立つことをちゅうちょしたという。何しろクラシックの殿堂である。そこでジャズを演奏するなんてことは、当時、常識的な感覚ではありえなかった。そういう時代である。

 これを後押ししたのが、いうまでもなくジョン・ハモンドで、ハモンドはグッドマンだけではなく、さらにデューク・エリントンやカウント・ベイシーらのオーケストラ・メンバーをセレクトし、ジャズの祭典のように企画した。みんなでこの名ホールに乗り込もうというわけである。そして、このコンサートの副題を「20年のジャズ」とした。感覚的には、ジャズが生まれて20年、今ではこんなになりました、というところだろうか。実際、この日のプログラムには、1917年のオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドによる最初のジャズ録音の再現や、ビックス・バイダーベック、ルイ・アームストロング、デューク・エリントンなどのスターたちのヒット曲も再演され、当然、ミュージシャンは演奏に熱が入ったし、観客もお祭り騒ぎになった。コンサートは大成功であったし、伝説化もされた。この歴史的なコンサートは、1950年にライブ・アルバムとして出され、大ヒットした。おそらくジャズ・レコード史上の最大のヒット作だろう。スイング・ジャズの聖典であり、とりわけ大団円となった「シング・シング・シング(ウイズ・ア・スウィング)」は、エンタテインメントとしてのジャズを象徴する歴史的な演奏となった。

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