独立戦争、産業革命、南北戦争という激動の時代だった約200年前のアメリカでは、生きることの本質的な価値を見つめ直そうとする多くの思想家たちが登場しました。アメリカン・ルネッサンスとも呼ばれるその時期に発せられたメッセージは、時を越え、急速な社会変化にとまどいを感じる現代日本人の心にも響くものがあります。

 アメリカ文化に詳しい小説家の井上一馬さんが執筆する連載「生き方模索の現代人へーボストン哲学が語りかけるもの」、第2回は「超絶主義思想とアメリカン・ルネッサンス」をテーマに、アメリカ最初の哲学者ともいわれるラルフ・ウォード・エマーソンを取り上げます。

エマーソンが暮らしたコンコードのノース・ブリッジ。独立戦争の火蓋が切って落とされた場所としてアメリカではとても有名(写真:アフロ)

 『ウォールデン 森の生活』を書いたヘンリー・デイヴィッド・ソロー。そのソローが師と仰いだのが、ラルフ・ウォード・エマーソンだった。

 アメリカ最初の哲学者とも言われるエマーソンは、ソローが『ウォールデン 森の生活』を書いた町コンコードで少年時代を過ごし、やがて何人かの仲間たちと共に超絶主義思想(超越主義あるいは先験主義とも言う)を育んだ。

 このエマーソンの家に、ソローは、ハーヴァード大学を卒業後、一時期、書生として住み込み、その影響を受けながら自らの思想を形作っていったのである。後に『ウォールデン 森の生活』に連なる日記を書くようにソローに勧めたのも、エマーソンだった(エマーソン自身は、ハーヴァード大学の三年生だった16歳の頃から日記をつけていた)。

 ソローがエマーソンの家に住むことになったのは、1841年、エマーソンが38歳、ソローが24歳のときのことだった。ハーヴァード大学で学んだソローにとって、豊かな蔵書を有するエマーソンの家は願ってもない棲家だったのだ。

哲学とは ──

 「哲学とは人間の心が自らになす、世界の成り立ちについての説明である」と言ったエマーソンの代表作のひとつ『自然』が出版されたのはこの五年前のことで、ソローはその本を読んで大きな感銘を受けていた。一方、エマーソンのほうも、コンコードの自然を知り尽くしていたソローの自然観察眼や独特な比喩に啓発されることが多かった。

 「わが良き友ヘンリー・ソローは、その純粋さと明快な理解力で、寂しい午後を陽気なものしてくれた」

 当時のエマーソンの日記には、こうした記述がたびたび登場する。