映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』より(C)2014 EG Film Productions / Saga Film(C)Julian Lennon 2014. All rights reserved.

 「神と言われる人でも、ある面では非常に人間的なのだと思います」

 アイリーン・グレイ研究者である、アイルランド国立博物館キュレーターのジェニファー・ゴフ氏はいう。私たちはその時々に、様々な感情を表に出し、それを他者とぶつけ合って生きている。ぶつければ痛いのだが、感情を抑えることは難しいし、それによって新たなものが生まれることもある。しかし、中には悲しみや喜びは内に秘め、その発露となるのは作品のみというクリエイターがいる。1920~30年代に活躍したインテリアデザイナーで建築家のアイリーン・グレイもそんな一人なのではないか。

 映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』公開のタイミングで来日したジェニファー・ゴフ氏に、“人”としてのアイリーン・グレイ、彼女の恋人であった建築家で建築評論家のジャン・バドヴィッチ、そして近代建築の父ル・コルビュジエについて聞いた。

ゴフ氏とアイリーン・グレイの出会い

ジェニファー・ゴフ氏(撮影:関口裕子)

――「アジャスタブル・テーブルE.1027」や「ビバンダム」など、モダニズムの家具として見知っていても、アイリーン・グレイさんのことは映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』を見るまで存じ上げませんでした。

ジェニファー・ゴフ(以下ゴフ):残念ながらアイリーン・グレイは、ル・コルビュジエのようにメディアで紹介されたり、展覧会が開かれたりすることがあまりありませんでしたから。特にアイルランドでは1970、80年代まで女性の建築家がフィーチャーされることは珍しかったのです。男性とともに活躍はしていても、前面に出ることがなかったというか。私とアイリーン・グレイの出会いは、90年の夏。私が学んでいたユニバーシティ・カレッジ・ダブリンの先生が、彼女のことを教えてくれました。それからはピーター・アダムの伝記『アイリーン・グレイ―建築家・デザイナー』や、オークションの「クリスティーズ」でグレイの作品をよく扱っていたフィリップ・バーナーの本を読み、グレイのコレクションを探し歩き、92年の夏に英国・ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で彼女の作品を見つけ、そこに何時間も座り込んで以来、ずっとハマっています。

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