22日に開票された衆院選は自公与党の圧勝で幕を閉じました。しかし開票センターに現れた自民党総裁の安倍首相の表情に笑顔はなく、躍進した立憲民主党の枝野代表も喜びを前面に出すことはありませんでした。新党立ち上げ、野党再編、分裂とめまぐるしく情勢が急展開した今回の総選挙。短期間に有権者の支持にも大きな変化がありました。

 風はなぜ変わったのか。建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授、若山滋さんが執筆します。

ネット社会・民意の参加者「個室の大衆」 安倍解散vs小池劇場に見るSNS政治

ゲーム化する選挙

自公与党の圧勝を受けて会見する安倍首相(2017年10月23日)

 自民勝利、希望敗北、立憲民主大健闘という結果だ。

 それにしても、期間中にこれほどのドラマが展開された選挙もなかったのではないか。初めは自民党有利と踏んで解散し、その安倍解散自体が批判されたのであるが、小池知事が希望の党を立ち上げ、民進を飲み込んで一挙に対抗勢力となる気配となった。小池劇場満員御礼である。しかしある時点で流れが変わり、立憲民主党を立ち上げた枝野旋風が吹き始めた。

 希望の党が対抗勢力となった時点で筆者は、このサイトに「ネット社会の民意の参加者『個室の大衆』」といったタイトル(実際はもっと長い)の記事を書いた。テレビの前の「茶の間の大衆」は、放送という公器にしばられた「タテマエの民意」に引っ張られるが、ネットに参加する「個室の大衆」は、孤独なキーボードから「ホンネの民意」を叩き出す。

 政治状況は、言葉の格闘技としてゲーム化し、さらに流動性が高まるという趣旨である。今回の選挙は、政策だけでなく政治家の節操への審判だとしたが、まさにその審判が下ったように思える。

 それは「日本という家」の成員としての振る舞いに対する情緒的な審判であり、小池劇場から枝野旋風へと流れが変わったのは、「排除」という言葉が契機であった。

突き刺さる「排除」

 人々はなぜこれほど、小池都知事の「排除」発言に敏感であったのだろうか。

 実はこの言葉が、今の世界と日本の政治状況に突き刺さる、鋭い矢であったからだ。

 米大統領選におけるトランプ勝利は、もともと移民で構成されていたはずのアメリカに、新しい移民の排除と白人至上主義すなわち人種排除をもたらし、国家の分断を引き起こしている。英国のEU離脱も、カタルニアの独立投票も、国家と民族が、統合と融和の方向から離脱と排除の方向に転じる流れである。つまりアメリカでもヨーロッパでも「無差別テロと大量難民」という厳しい現実に対して、国家、民族、宗教といった所属集団における「排除の論理」が激しくなっているのだ。

 日本では、無差別テロと大量難民が露骨に現象しているわけではなく、民族や宗教の排除が大きな社会問題になっているわけでもない。しかし北朝鮮の核ミサイル問題はそれに匹敵する危機感を国民に与え、国際社会あるいは関係国が、その異常とも見える指導者と国家体制を、思い切って排除すべきであるかどうかが、喫緊の課題となっている。

 つまり海外でも国内でも、現在「排除」は、英語でいう「タッチー」すなわち刺激的で微妙な言葉なのだ。