日本の3倍という広大な面積を占める内モンゴル自治区。その北に面し、同じモンゴル民族でつくるモンゴル国が独立国家であるのに対し、内モンゴル自治区は中国の統治下に置かれ、近年目覚しい経済発展を遂げています。しかし、その一方で、遊牧民としての生活や独自の文化、風土が失われてきているといいます。

 内モンゴル出身で日本在住の写真家、アラタンホヤガさんはそうした故郷の姿を記録しようとシャッターを切り続けています。内モンゴルはどんなところで、どんな変化が起こっているのか。

 アラタンホヤガさんの写真と文章で紹介していきます。


【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第4回

鉄条網の中と外はどちらもあまり差がなく、乾燥している。ラクダはもっと林が多い、オアシスに行って、越冬のために栄養たっぷりの木の枝や葉っぱを食べるべきなのだが……。=シリンゴル盟・スニド・バロン・ホショー(2016年9月撮影)

 1980年代から、内モンゴルでは土地改革が行われ、牧草地が各家庭に分配された。しかしこれが、それまで続いてきた遊牧文化の衰退、地域コミュニティの崩壊、砂漠化など多くの問題の種になった。

 この分配は平等ではなかった。お金がある人や権力がある人は、広い土地を鉄条網で囲み始めた。早い者勝ちだった。弱いものも黙っていられないと、借金もしながら、わずかな土地も残さず、鉄条網で囲んでいった。

 鉄条網設置が進むに従い、隣接する牧草地の境目をめぐるトラブルが後を絶たず、口論や喧嘩だけでなく、殺人事件まで起きてしまった。

 そして、わずか4、5年の間で、日本とほぼ同じ面積を持つシリンゴル草原では、鉄線に囲まれてない草原が残らないぐらいに、鉄条網が普及した。

 鉄条網は結局、草原を分断しただけではなく、モンゴル人の文化、地域コミュニティ、そして、心まで閉ざしてしまったと言っても過言ではない。

 最近、小さいエリアながら、一部の遊牧民は新しい組織をつくり、個々の鉄条網をなくし、いくつかの家族で共同の牧草地を持つようにして、その中で移動しながら牧草地の改善を目指すという動きが出てきた。

 これはうれしい試みだが、全体の問題解決のためには、やはり地方の政府がもっと政策を考え、地元の歴史や文化などに考慮した行動を取らない限り、現状は厳しい。

※この記事はTHE PAGEの写真家・アラタンホヤガさんの「【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮るーアラタンホヤガ第4回」の一部を抜粋しました。

内モンゴル自治区の地図


アラタンホヤガ(ALATENGHUYIGA)
1977年 内モンゴル生まれ
2001年 来日
2013年 日本写真芸術専門学校卒業
国内では『草原に生きるー内モンゴル・遊牧民の今日』、『遊牧民の肖像』と題した個展や写真雑誌で活動。中国少数民族写真家受賞作品展など中国でも作品を発表している。
主な受賞:2013年度三木淳賞奨励賞、同フォトプレミオ入賞、2015年第1回中国少数民族写真家賞入賞、2017年第2回中国少数民族写真家賞入賞など。

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