国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(世界記憶遺産)を審査する国際諮問委員会(ITC)がパリで開かれている。「世界の記憶」については、2015年に「南京大虐殺文書」が登録されたことから日本政府が審査の公平性を求めてきた経緯がある。

 ユネスコはこのほど開いた執行委員会で、「世界の記憶」の登録において、異なる意見がある場合、当事者同士が協議する制度を導入することを決定したが、適用は次回からという。「世界の記憶」は2年ごとに登録が行われており、今回の申請は約130件にのぼる。27日まで4日間の審査を経た後、国際諮問委員会の勧告に基づきユネスコ事務局長が最終的に「世界の記憶」として認定する。

初めて国内公募による選考で決定

杉原千畝氏が手書きした査証が記されたユダヤ系ポーランド人のパスポート(岐阜県八百津町提供)

 「世界の記憶」(世界記憶遺産)は、世界的に重要な記録遺産の保存促進などを目的にユネスコの事業として1992年から始まった。

 国際登録のほか、「世界の記憶」アジア太平洋委員会(MOWCAP)等が決定する地域登録があり、国際登録は2015年10月現在で348件、地域登録は2016年5月現在で46件に達している。申請は個人、行政、民間団体を問わず可能だが、国が推薦する候補が優先され、1国からの申請は1回につき2件まで。国をまたぐ共同申請は別枠になるという。

 日本では、福岡県田川市と福岡県立大学が共同申請した山本作兵衛氏の炭鉱の記録画および記録文書が2011年に世界記憶遺産として登録されたのが初めてで、これまでに国際登録5件、地域登録が1件となっている。日本ユネスコ国内委員会は今回、初めて公募を行ったうえで国内選考を行い、岐阜県出身の外交官、杉原千畝(すぎはらちうね)の資料「杉原リスト」と群馬県の古代石碑群「上野三碑(こうずけさんぴ)」の国際登録を申請した。

 「杉原リスト」は、第二次世界大戦中、外交官、杉原千畝氏(1900~1986年)がリトアニアのカウナスで領事代理を務めていた1940年、ナチスドイツの侵攻から逃れてきた主にユダヤ系ポーランド人難民に人道的な配慮から日本経由のビザを大量発給した記録。杉原千畝氏の出身地の岐阜県八百津町では、その功績を未来に引き継ぐことを目的に2000年に杉原千畝記念館を開館するなど取り組みを進めてきた。町は、杉原千畝氏の功績をさらに広く国内外に知ってもらいたいとユネスコの世界記憶遺産登録に向けた活動を進めてきた。

 一方、「上野三碑」は群馬県高崎市にある山上碑(やまのうえひ)、多胡碑(たごひ)、金井沢碑(かないざわひ)の石碑群。いずれも古代(7~11世紀)の石碑で、日本に現存する最古の石碑群。石碑には古代の日本と東アジアの文化交流や当時の様子が刻まれており、極めて重要な歴史資料である。高崎市と群馬県では、「世界の記憶」にふさわしい稀有な価値を有しているとして世界登録への申請を目指し、国内の選考を経て国内候補として申請された。