たとえ特別な技術を持っていなくても、その技術を持った人に講師になってもらえば、イベント企画・運営が可能になる。典型例が、「ゼロからの米づくり」だ。このビジネスでは、最初の年に農家の人へ講師役を依頼。作り方を覚えた2年目以降は1人でイベントを進めるようになった。

 ビジネスを軌道に乗せるには、何度かの失敗を覚悟するとともに、それらを糧にする心構えが必要と前田さんは強調する。「新入社員が、入社当初から仕事をすべてうまく進めれるはずがないのと同じです。最初からうまく軌道の乗せるための秘訣はなく、とにかく何度も続けることが必要です」

 1つひとつを着実に実行し、取り組みを続ければ、そのビジネスから別の新たなビジネスが生まれるケースもある。「ゼロからの米づくり」からは田んぼの雑草であるタゼリを使った料理イベントが、「焼きイモビジネス」からはイモ掘り遠足イベントがそれぞれ派生した。

 ただ、前田さんが今まで取り組んできた15〜16種類のビジネスは、いずれも高い専門性が求められない。他の人とアイデアを分かち合えるよう、誰にでも真似ができそうなビジネスをあえて選んできたという。

 「月3万円ビジネスの根底にあるのは、競争ではなく、分かち合いで生きていこうという考え方なのです」と強調する。

過重労働に苦しんだ経験がある前田さん。「経済競争が環境破壊を生む一因」と話す

 前田さんは過去、過重労働に苦しんだ経験がある。高校卒業後、横浜市内の会社でシステムエンジニア(SE)として勤務。SEの仕事は好きだったが、残業時間は月150時間前後、徹夜も珍しくなかった。あまりの疲労に出社できず昼まで寝てしまったある日、青年海外協力隊員として外国で井戸を掘り、現地の子どもと遊ぶ夢を見る。

 「これからも働いてばかりの日々が続くはず、長い会社員生活の中で少しはそういう時期があっても良いだろう」と考え、数年後に休職して同隊の一員としてミクロネシア連邦へ。そこで、海面上昇により島の面積が小さくなりつつある現状を知る。先進国によるエネルギー消費のしわ寄せがきているのかもしれない、と思い、環境問題に強い関心を抱くようになった。

 帰国後、復職すると再び過重労働の日々に突入。徹夜が3日続いた朝、眉毛が突然大量に抜けたのを機に心療内科へ行くと、軽症うつ病と診断された。会社は約1か月休みを与えた後、配置を変えてくれたが、前田さんは結局退職。環境問題の改善につながる生き方を模索する中、藤村氏と出会って月3万円ビジネスを知る。

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