写真はイメージ、提供:アフロ

 ジャズ・ギターの開祖、チャーリー・クリスチャンの登場は、ジャズの世界を大きく変えました。クラシック・ジャズからモダン・ジャズへ。そのあまりに大きな変貌に人々はどんな反応を示したのでしょうか? そして、数々の才能を発掘してきた、名プロデューサー、ジョン・ハモンドは? ジャズ評論家の青木和富さんが解説します。

【連載】青木和富の「今夜はJAZZになれ!」

ジャズにロック的要素を連れてきた、チャーリー・クリスチャン

 チャーリー・クリスチャンが最初にジョン・ハモンドやベニー・グッドマンの前に現れたとき、紫色のシャツを着て黄色い靴を履いていたと言われているが、むろん、グッドマン・バンドではこの衣装は許されるはずはなく、残っているステージ写真のほとんどは、当たり前のようにタキシードと蝶ネクタイといういでたちだ。けれど、オクラホマシティーのクラブでの衣装がこんな派手なものだったなら、このギタリストは、すでに後の世のロック・スターの大先輩の資格は十分あるだろう。

 この長身でいかにもイカツイ顔の男は、どうにかして女の子にモテたいと思ってミュージシャンになりたかったというところがあった。それを隠すことなく、むしろ派手な衣装で目を引くといった精神は、品を貴ぶジャズとは真逆のロック・スピリットと言うべきかも知れない。初めてのまともなエレクトリック・ギターと言われるギブソンES-150というモデルを携えて登場したこの男は、確かにモダン・ジャズのギターの開祖と言われるが、同時に、チャック・ベリーやB.B.キングの先達でもあり、こうしたことを考えるとロック・ギターの開祖としてもいいように思う。実際、大分経った1990年にチャーリー・クリスチャンは、ロックの名声の殿堂入りを果たすことになるのである。

「ビ・バップ革命」以降のジャズ

 こうして振り返ると、クリスチャンが登場した時代は、様々な新しいエネルギーが蠢いていた時代と言えるかもしれない。ジャズの歴史からすると、クリスチャンに始まった奇妙な新世代は、ビ・バップ革命と呼ばれる大きな新世界を手繰り寄せることになる。その象徴的なリーダーが、アルトサックスのチャーリー・パーカーとトランペットのディジー・ガレスピーだ。どちらも超絶技巧家だが、パーカーの技は直接的に人々を驚嘆させ、一方のガレスピーは、むしろ、技でねじ伏せるよりも、ひょうきんな笑いを演出しながら時代を牽引するといった枠を超えた芸人的な才人と言っていい。トレードマークの曲がったトランペット、ベレー帽に伊達眼鏡のビ・バップ・ファッションを演出したり、さらには大統領選に出馬するなど、ガレスピーの破天荒な行動は、それ以前のエンタテインメントの常識を超えるものだった。

 ビ・バップの音楽的な特徴は、とりあえず激しい運動能力とでも言ってみたい。限界に挑戦するようなスピード、上下動の激しいメロディー、常識を超えるハーモニーの動き、どれをとってもそれまでの音楽美意識を破壊するようなものである。それ故に革命と言われるのだが、そういった激しく、かつ急速な変化を人々はそう受け止めたのか。

 それは単にこの新しいスタイルのジャズが好きか嫌いかではなく、それ以上にジャズへの視線が根本から変わってしまうようなシリアスな問題がここにはあった。ジャズの歴史では、このビ・バップ以前をクラシック・ジャズ、以後をモダン・ジャズと大まかに分けることが、いつの間にか慣例になっている。今では、ジャズと言えば、モダン・ジャズであり、クラシック・ジャズを聴くファンは、残念ながら少数派になっている。

 ところが当時の状況は、まったく逆と言っていい。大概のファンは、この新しいジャズに馴染めなかった。若者たちのこのジャズは、一過性のもので、そのうち消えていくだろうと思っていたに違いない。その理由は簡単で、彼らが求めるジャズの楽しさがここにはまったくなく、むしろ、それを破壊するような、実に乱暴な音楽だったからだ。いつの時代も世の中が大きく変貌を遂げるとき、旧勢力が困惑する大きな、そして堅牢な壁が突如出現する。その壁を受け止め、そして、飲み込むには、やはりそれなりの時間が必要だろう。

 モダン・ジャズの特徴のひとつに、この時代のジャズ・レコードが、戦前からのコロムビアやビクターといったアメリカのメイジャー・レコード会社ではなく、プレスティッジ、ブルーノート、リバーサイド、インパルスといったほとんど個人経営のマイナー・レーベルで支えられていたことである。これは戦後のジャズ・レコードの市場の規模と専門化といったことと関連があるが、実はこうした会社のオーナーのほとんどが、元は熱烈なクラシック・ジャズのファンであった。そうした彼らが、ビ・バップの大変革を乗り越え、ジャズの新たな可能性に納得したとき、そこに不動のモダン・ジャズ・レーベルが生まれたと言ったらいいだろうか。ルイ・アームストロングを愛し、晩年の傑作「この素晴らしい世界」の作詞者でもあるボブ・シールは、1960年代を過激に疾走したジョン・コルトレーンのプロデューサーでもあった。この振り幅の大きさが彼らのジャズなんだと思う。

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