大統領就任後、初めて来日したアメリカのトランプ大統領。滞在中は行く先々の行動や発言に注目が集まりました。

 しかしおよそ1年前、大方の予想を覆しての大統領選勝利は、いまだにアメリカ国内にしこりを残したままとなっています。トランプ旋風のほかにも、昨年のイギリスEU離脱、9月に実施されたドイツ連邦議会選挙で新興右派政党躍進など、さまざまな国で国際協調よりも自国の利益を主張する声が強まる傾向がみられます。

 こうした社会現象の背景にはどんな大衆心理があるのでしょうか。
 帝京大学文学部、大浦宏邦教授が「大衆心理からみる現代社会」をわかりやすく説明します。

無力感・敵意が権威主義化招く──自由を捨て、ナチスに走った中間層の心理

図1 オハイオ州の支持者に迎えられるトランプ大統領=2017年7月25日(写真:ロイター/アフロ)

 前回、中間層の分解が権威主義を招きやすいとするエーリッヒ・フロムの考え方を紹介しました。アメリカのトランプ現象や欧州での反移民の動きにも同様な背景が考えられそうです。今回は最近の社会現象と権威主義との関係を考えて見ましょう。

1 ラストベルトの風景

図2 財政危機で非常事態が宣言されたデトロイト市(写真:ロイター/アフロ)

 2016年のアメリカ大統領選挙でトランプ候補が当選した背景には、アメリカ中西部の通称「ラストベルト(さび付いた地域)」の支持があったと言われています。もともとこの地域は製造業が盛んなところだったのですが、近年工場の海外流失などで衰退が著しく、トランプ候補の支持がのびました。

 日本の新聞記者が現地を歩いた『ルポトランプ王国 もう一つのアメリカを行く』やオハイオ出身の弁護士が著した『ヒルビリー・エレジー』といった著作には、この地域の実情が生々しく描かれています。

 例えば、ペンシルベニア州のトラック運転手を営むトランプ支持の男性は、かつてはピッツバーグの鉄を全米に運ぶ運送会社を営んでいました。40人の運転手を抱え、トラック1台で年10万ドルの売り上げをあげていたそうです。

 ところが1994年に北米自由貿易協定(NAFTA)が発効するころから、この地域の製鉄業は衰退し、運送会社も縮小を余儀なくされていきます。結局会社を解散して一人で鉄を運ぶようになり、年商も3万ドルに減ってしまったのでした。

 ミシガン州のデトロイトでも自動車産業の衰退が深刻です。トラックの座席工場の管理者に昇進した男性も、共働きで頑張って働いても貯蓄もできないほどの収入だそうです。1980年代には休暇にはラスベガスに旅行して豪華なショーを楽しむことができたのに……。

 その他にも、移民労働者に仕事を奪われた建設請負会社の経営者や、弟を薬物中毒でなくしたバーの女性店員の事例が紹介されています。彼女の弟は製鉄所が閉鎖になり失業、彼女も彼女の母親も同時期に長年働いた飲食店が閉店して失業しています。製造業の衰退は地域経済の衰退を招き、将来を悲観して薬物に依存する人も少なくないようです。『ヒルビリー・エレジー』にも薬物中毒の実態が描かれています。

 自由貿易や移民の流入が自分たちの暮らしを損なってしまった。それゆえ貿易の制限や国境の壁の建設で強いアメリカを取り戻して欲しいという期待が、トランプ支持の原動力になっていることが伺えます。ここに見られる自由貿易を推進したエスタブリッシュメント(既得権層)や移民労働者に向けられる敵意は、フロムの描くドイツ中間層が支配層や労働者層に向ける敵意とよく似ているといえるでしょう。