日本の3倍という広大な面積を占める内モンゴル自治区。同じモンゴル民族のモンゴル国は独立国家ですが、内モンゴル自治区は中国の統治下に置かれています。近年目覚しい経済発展を遂げた一方で、遊牧民の生活や独自の文化、風土が失われてきました。

 内モンゴル出身で日本在住の写真家、アラタンホヤガさんはそうした故郷の姿を記録するためシャッターを切り続けています。アラタンホヤガさんの写真と文章で紹介していきます。

【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第5回

秋になると大型トラックに何段も詰め込まれた家畜が運ばれていく。加工されたお肉が梱包され、北京、上海など全国の各地に流通している=シリンゴル盟・スニド・バロン・ホショー(2016年10月撮影)

 秋になると、厳しい冬を乗りこえられない弱い家畜やオスの家畜などを売り、元気で出産できる若いメスの家畜を残す。そして、一番いい草原で栄養を蓄えさせ、交尾が行われる季節でもある。

 しかし、今までも何度も繰り返し記述しているように、草原の衰退、つまり草原で草の種類が急激に減少し、栄養ある草が少なくなったことにより、家畜が十分な栄養が取れなくなり、交尾しても出産に繋がらない家畜が増えている。

 家畜が出産しないと彼らは現金収入が得られなくなり、結局、赤字が続くことになる。

秋の草刈りも機械化が進み、また、専門業者も増えている。=シリンゴル盟・ジューグンウジュムチン・ホショー(2016年10月撮影)

 越冬に向かって、秋のもう一つの大きな仕事は草刈りだ。もともと、遊牧民は草刈りを行う習慣はなかった。しかし、定住化に伴い、草刈りは不可欠な作業になってきた。

 従来の遊牧社会で一番の天災は「ジョッド」という大雪がもたらす災害である。ジョッドが発生した場合、雪が草原を覆い、家畜が食べる草が完全に埋まってしまい、家畜が寒さと飢えによって死んでいく。ひどいジョッドの場合は、家畜が全滅する家族が続出する。

 このようなジョッドが起こる場合、遊牧民は家畜を連れて、何十キロから何百キロも移動し、雪の少ない草原に避難する。これを「オトル」という。現在、内モンゴルにおいて、オトルできる草原は一切ない。避難したくても、全て土地はそれぞれが所有を示すために鉄条網に囲まれてしまった。(つづく)

※この記事はTHE PAGEの写真家・アラタンホヤガさんの「【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮るーアラタンホヤガ第5回」の一部を抜粋しました。

内モンゴル自治区の地図


アラタンホヤガ(ALATENGHUYIGA)
1977年 内モンゴル生まれ
2001年 来日
2013年 日本写真芸術専門学校卒業
国内では『草原に生きるー内モンゴル・遊牧民の今日』、『遊牧民の肖像』と題した個展や写真雑誌で活動。中国少数民族写真家受賞作品展など中国でも作品を発表している。
主な受賞:2013年度三木淳賞奨励賞、同フォトプレミオ入賞、2015年第1回中国少数民族写真家賞入賞、2017年第2回中国少数民族写真家賞入賞など。

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