冬は寒く、雪が降っても一切解けないまま春になる。フェルトのゲルは意外と暖かい。本来ならゲルの煙突は真ん中の天井から出るはずだが、最近、それを改造し、入り口の近くに設置することによって、使えるスペースが広くなった=シリンゴル盟・アバガ・ホショー(2013年1月撮影)

 日本の3倍という広大な面積を占める内モンゴル自治区。同じモンゴル民族のモンゴル国は独立国家ですが、内モンゴル自治区は中国の統治下に置かれています。近年目覚しい経済発展を遂げた一方で、遊牧民の生活や独自の文化、風土が失われてきました。

 内モンゴル出身で日本在住の写真家、アラタンホヤガさんはそうした故郷の姿を記録するためシャッターを切り続けています。アラタンホヤガさんの写真と文章で紹介していきます。

【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第5回

牛肉をレンガ造りの倉庫に保管して、夏まで食べる。春になると乾燥した風によって乾燥され、干し肉になる=シリンゴル盟・シローンフブートチャガン・ホショー(2012年3月撮影)

 草刈りが一段落すると、厳しい冬が訪れる。冬のモンゴルは氷の世界である。全てが凍ってしまい、最低気温はマイナス50度になるところもある。

 冬は「ウブルジェ」という越冬地に住む。おもに山や小丘の南麓で、日当たりがよく、風を防げる場所が好まれる。しかし、今は一年中このウブルジェに生活するのが現実だ。

 私が子供の時は、秋になるとジョサガル(夏営地)(【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第2回で記述)からウブルジェに戻る。するとそこは、ゲルが見えないほど草が茂っている。夏、家畜がジョサガルに行っている間に草が育つのだ。これが従来の遊牧の役割だった。

 11月中旬から越冬のための肉の準備が始まる。4人家族で大体、牛一頭、羊5~6頭用意する。家畜を解体し、肉を凍らせて、来年の新しいお肉が食べられる時期まで保存する。冬は凍らせておくが、春になると自然に乾燥されて、干し肉になる。これをモンゴルで「ボルチャ」という。

 モンゴルの遊牧民は他の民族と比べて、家畜の喉を切り、その血で大地を染めることを嫌う。彼らは必ず家畜の大動脈を切り、その血を体内に貯めておき、それを腸などに詰め、ソーセージにする。他の内臓も全部、大切に調理し、来年までに食べる。彼らが真っ白の雪の上でこれらの作業を行ってもそこは一切、血に染めることはない。これも遊牧民の素朴な美学なのかもしれない。(つづく)

※この記事はTHE PAGEの写真家・アラタンホヤガさんの「【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮るーアラタンホヤガ第5回」の一部を抜粋しました。

内モンゴル自治区の地図


アラタンホヤガ(ALATENGHUYIGA)
1977年 内モンゴル生まれ
2001年 来日
2013年 日本写真芸術専門学校卒業
国内では『草原に生きるー内モンゴル・遊牧民の今日』、『遊牧民の肖像』と題した個展や写真雑誌で活動。中国少数民族写真家受賞作品展など中国でも作品を発表している。
主な受賞:2013年度三木淳賞奨励賞、同フォトプレミオ入賞、2015年第1回中国少数民族写真家賞入賞、2017年第2回中国少数民族写真家賞入賞など。

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