ビ・バップ時代のファッションを若者たちも支持

チャーリー・パーカー(左)と共演するマイルス・デイビス(右)1947年8月頃

 マイルスがデビューした1940年代のジャズの一大新勢力のビ・バップ・ジャズは、白人に対する初めての黒人たちの反抗、あるいは抵抗ということもできる。むろん、当時は黒人差別が当たり前にあったので、それに対する直接的な抵抗の声にはならないけど、心の奥には、もやもやどころかどろどろとした感情が渦巻いていただろう。そうしたものが外に爆発して生まれた音楽がビ・バップだとは簡単に言うことはできないが、この急進的なジャズには、そんな大きな時代の変化も写し取っているといると考えると分かりやすいかもしれない。これは黒人ばかりではない。いわゆるビート・ジェネレーションと呼ばれるウイリアム・バロウズ、ジャック・ケルアック、アレン・ギンズバーグといったアメリカの戦後文学を代表する作家たちも、この時代20代の青春期の真っ只中で、そうした新世代の若者からも支持されたのがビ・バップだった。

 この時代のミュージシャンの服を当時の写真で確認すると、大概は普通のスーツだった。この時代ならではのダブダブのファッション・スタイルをズート・スーツといいビ・バップが生んだファッションとも言われるが、大概は黒人エンタテイナーの衣装であった。しかし、このユニークなスタイルは、その後リメイクされ、様々に影響を残したようだ。思い付きの発言ではあるが、いわゆる日本のガクランは、このビ・バップ時代のやんちゃな黒人ファッションが原点ではないか。

ジャケット一つにもこだわり 知的な黒人音楽家のファッション

レスター・ヤング Portrait of Lester Young, Famous Door, New York, N.Y.

 黒人の知的な音楽家たち、ジャズ・ミュージシャンは、むろん、そんな恥ずかしいスタイルはしない。が、しゃれっ気のある人はいつの時代もいて、当時の写真をよく見ると、ジャケット一つにもこだわりがある人がたくさんいたのではないかと思う。ひとつだけ例を出すと、サックスのレスター・ヤングは、ポークパイ・ハットという帽子がトレードマークだった。ズート・スーツも帽子は欠かせないアイテムだが、それとはちょっと違う。サックスの持ち方も変わっていて、完全に斜めに持って吹くスタイルで、これもまたこのモダン・ジャズの原点になった天才的な感性の人のこだわりのファッション・センスと言っていいと思う。

 このレスター・ヤングのファッション感覚をひとつの言葉でいうと、単純にカッコいいということに集約できるかもしれない。ズート・スーツは面白いけど、ジャズ・ミュージシャンにはカッコよくはなかったに違いない。その差はなにかというと、これまたいいかげんな言葉だけど、クールということになるのではないか。ジャズ・ミュージシャンは、オシャレというとき、そのクールな感覚だと思う。モダン・ジャズ・ミュージシャンの基本は、スーツだと書いた。マイルスもエレクトリック・サウンドを導入し、リズムの洪水のような音楽スタイルに変わってから、それに相応しいジャンプ・スーツになったが、それ以前はスーツが基本で、ブルックス・ブラザーズやピエール・カルダンのスーツを愛用していたようだ。どちらかというとトラッド・スタイルである。

 これもマイルスらしいと思うのだが、同時代の仲間には、同じスーツでも幾分トゲのようなものを感じさせるスタイルをしたトランペッターがいた。今のファンションに似た細身のスタイルで、細いネクタイ。鋭く冷たく、そして熱く切ないそのクールなセンスは、ハードボイルド感覚と言ってもいいかもしれない。1960年前後のおしゃれなジャズ・ミュージシャンと言えば、そんな雰囲気を振りまいたリー・モーガンだろう。その刹那的な情感は、その演奏そのものからも伝わってくるから大人気となったが、モーガンの人生もまたその音楽をなぞるようなものだった。麻薬に溺れ、取り巻きの女性にも冷たかったのだろう、最後はそんな女性にクラブで射殺された。

(文・青木和富)