クール・ジャズを象徴するジャズとは?

レニー・トリスターノ(the William P. Gottlieb collection )

 さて、もうひとつのクール・ジャズだが、一般にはマイルス・デイビスのアルバム『クールの誕生』が有名だ。これは1940年代末にマイルスが中心となってギル・エバンス、ジェリー・マリガンらアンサンブルに関心がある当時の新人の英才たちが集まってクラブでのイベントとして開かれたものを後にスタジオで収録したものだが、それがウエスト・コースト・ジャズの萌芽となったとジャズの歴史で解説されることが多い。

 しかし、これはいささか大雑把なストーリーでしかない。当時クール・ジャズと言えば、一般にはイギリスからやってきた盲目のピアニスト、ジョージ・シアリングが組織した木琴、ギターを入れ、管楽器のない涼しげなサウンドが大人気を博し、その心地いいラウンジ風ジャズとチャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーらの騒がしくホットなジャズと対比的にとらえることで生まれた呼称である。

 もし、この時代、本当の意味のクール・ジャズを象徴するジャズは何かと言えば、それは間違いなく、やはり盲目のピアノの鬼才レニー・トリスターノが中心となった学究的な白人ジャズ集団、いわゆるトリスターノ派と呼ばれる人々だろう。メトロノームのような規則的なリズムをバックに、メロディー、ハーモニーの様々な冒険、実験を即興演奏の中で追及し、無調の演奏の録音まで残した彼らは、ジャズの歴史始まって以来の前衛ジャズ集団と言っていい。そして、確かにパーカーらの喧騒的なジャズとは対比的などこまでも知的でクールな表情の音楽だが、しかし、ビ・バップという大変革期に生まれたジャズということで言えば、彼らを共に支え、共に促したものは同じホットでイケてる感性ということが言える。

 チャーリー・パーカーの神髄と言われるオリジナル・チューンにシンプルな4小節のメロディーを3度繰り返した「クール・ブルース」という曲がある。トリスターノ派の中心のサックスの才人リー・コニッツは、「確かに表面的にはクールな印象かもしれないけど、ぼくらの内側は熱さで煮えたぎっていたんだ」と当時を振り返り筆者に語ったことがある。そして、チャーリー・パーカーの葬送のとき、その棺を支え、送った一人がレニー・トリスターノであった。

(文・青木和富)