国が一億総活躍社会実現を掲げ、「働き方改革」に重点的に取り組んでいます。労働環境・ライフスタイル見直しも掲げられていますが、日本の企業や産業界では、長い間残業をいとわず、猛烈な仕事ぶり、“ど根性”といった人一倍の努力や頑張りを美徳としてきました。それらの風潮を反映し、高度経済成長期には少年漫画などで“スポ根”ものも流行しています。

 そうした粘り強さ、熱血を好んだ大衆の心理が登場した背景に、実は当時の人口動態が影響しているといいます。帝京大学文学部、大浦宏邦教授がわかりやすく説明します。


【連載】大衆心理からみる現代社会

図1 高度経済成長期の東京=64年東京オリンピック前年の赤坂見附、1963年撮影(写真:Fujifotos/アフロ)

 前回まで権威主義についてみてきました。強者に服従しつつ弱者を攻撃して安心感を得る心理傾向ですが、社会の変動期にタテの人間関係に依存して身の安全を図るという側面を持っていました。

 これに対してヨコの人間関係に依存する心理傾向が、20世紀前半のアメリカに出現しています。当時のアメリカは世界に先駆けて消費社会が幕を開けるとともに少子高齢化が進行しつつありました。デービッド・リースマンという社会学者が大勢のアメリカ人と面談し「周りとうまくやっていくこと」を何よりも重視する新しい心理傾向である「他人指向」の出現を『孤独な群衆』の中で指摘しています。

 連載の後半では、現在の日本でも主流になっている他人指向についてみていくことにしましょう。

1 リースマンの3類型

図2 人口変動とリースマンの3類型、『孤独な群衆』より筆者作成

 図2に示すように近代以前は、沢山子供が生まれる一方で死亡率も高い多産多死型の社会で、人口はほぼ一定していました。産業としては第1次産業が中心となりますが、このような社会では「しきたりに従うこと」を重視する伝統指向が主流となります。工業化が始まり衛生条件の改善などで子供の死亡率が下がると人口が急速に増え始めます。このような第2次産業を中心とする多産少死型の社会では「努力すること」を重視する内部指向が主流となりました。

 子供の死亡率が下がるとやがて子供の生まれる数も減り始めます。少産少死型に移行すると共に人口の増加は頭打ちとなります。産業も第3次産業中心にシフトした社会で他人指向が出現する……というのがリースマン理論の概要です。

 近代以前の社会というと日本では例えば江戸時代の社会となります。人口は概ね3000万人ほどで推移していました。農林漁業の第1次産業が主体の社会は牧歌的ともいえますが、一旦飢饉が起きると多くの命が失われる危険とも隣り合わせでした。

 前近代の社会では食糧生産の失敗が生命の危険に直結するため、新しい生産方法や新作物の栽培に挑戦するより、うまくいっていたそれまでのやり方を続ける方を好むとリースマンは指摘しています。確かに命の危険があるとなると、これまでのやり方を変えることに二の足を踏むのも理解できます。こうしてそれまでのしきたりを守ることを重視する伝統指向が誕生したのでした。昔の人は頭が固かったイメージがありますが、頭が固いのにも理由があったわけですね。

 これまで通りを重視するということで、子供は親の仕事を受け継ぐことが原則になります。武士は武士、農民は農民、商人は商人というわけです。前近代の社会は身分制の社会でもありました。人口も増えませんので、子供は親と同じような人生を歩むことになります。この時期の子供は分をわきまえて「武士は武士らしく、農民は農民らしく」することを教育されました。「分」とは身分の分でもありますし、分際の分でもあります。社会のメンバーをいくつかのグループに分けて、そのグループの中で生涯を送り、さらにそれが代々受け継がれていったのです。

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