黒田日銀総裁、チューリヒ大学で講演にて(写真:ロイター/アフロ)

 日銀は2018年後半に2%目標の達成を待たず、出口戦略第一弾としてYCCの調整を開始するでしょう。具体的手段としては、10年金利を15-30bp程度引き上げる、あるいは操作対象の年限を5年や7年に短縮することが予想されます。YCCとは、イールドカーブコントロールの略で短期金利(翌日もの)を▲0.1%、長期金利(10年)を0%程度に固定するという政策で、2016年9月から実施されています。

 2%目標の到達前に出口に向かう理由として、筆者はこれまで、物価目標の再定義によって政策目標が柔軟化される展開を予想していましたが、28日の衆院予算委員会における安倍首相の発言を額面通りに受け止めるとその可能性は幾分低下した印象です。首相は2013年1月に政府と日銀が定めた2%の物価目標、いわゆるアコードについて「共同声明の内容を現在でも妥当と考えており、改定する必要があるとは考えていない」と発言しました。

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出口に向かう理由に持ち出された「リバーサル・レート」

 物価目標の見直しがなかった場合、政策目標の達成は難しいと思われます。しかしながら、それでも日銀はYCCを調整する相応の理由を用意しているとみられます。それは黒田総裁が最近になって言及した「リバーサル・レート」です。リバーサル・レートとは、金融緩和が望ましくない効果を生み出すか否かの分水嶺となる金利水準を差し、それ以下の水準にイールドカーブが抑制されると、金融仲介機能への悪影響を通じて金融緩和効果が弱まる、もしくは逆効果を生み出すというものです。主たる提唱者はブルネルマイヤー・プリンストン大教授ですが、思い返してみれば、日銀が16年9月に実施した総括検証で言及した「イールドカーブの過度なフラット化が、金融機関の収益圧迫を通じて金融機関の体力に累積的な影響を与え、金融仲介機能が阻害される恐れがある」という考え方そのもので、すでに日銀が採用しているものです。

 ポイントとして押さえておくべきは、金融機関への影響が“累積的”としている点です。16年9月に日銀がまとめた金融緩和の総括的検証でも「金融機関体力への影響は累積的なものであることを踏まえると、政策の金融仲介機能への影響は、その継続期間によっても異なり得る」との言及がありました。金利の低下は、初期段階において保有債券の評価額を押し上げるものの、その後は新規貸出利ざやの段階的縮小や、保有債券の再投資利回り低下をもたらすため、それが長期化すると金融機関の収益圧迫を増幅することになります。つまり、時間の経過と共に金融緩和の副作用が増幅するという認識です。こうした状況はリバーサル・レートの上昇にほかならず、日銀が出口に向かう合理的な理由の一つになる可能性があります。

 とはいえ、さすがに日銀が金融システムへの悪影響を懸念し、それを一番の理由に出口へ向かうことはないでしょう。あくまでリバーサル・レートは、金融緩和の副作用を点検する、もしくはマイナス金利の深掘りに距離を置くための議論に過ぎないと思われます。しかしながら、2%の物価目標が達成されるまで金融政策を全く調整できないという不都合な状況に陥りつつあるなか、日銀がこうした理論武装を始めたことは、YCCの調整に向けた地ならしとして認識しておきたいところです。

(第一生命経済研究所・主任エコノミスト 藤代宏一)

※本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 

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