今からおよそ3.8億年前、地上に出現した最古の樹木。しかし、それは私たちが現在見上げる木の姿とは、かなり異なるようです。それはどんな姿だったのでしょうか。そして一体、木はどのように進化してきたのでしょうか。

 古生物学者の池尻武仁博士(米国アラバマ自然史博物館客員研究員・アラバマ大地質科学部講師)が、執筆します。


Tree vs. Wood: 植物学における「木の定義」とは?

現生の木の断面図に見られる年輪。この独特の成長パターンは、陸性の植物の進化上、いつどのようにして現れたのだろうか?(写真:アフロ)

 さて植物学上、「木」及び「樹木」とは具体的に何をさすのだろうか? デボン紀の陸性の植物の化石の中で、「最古の木」という判定を、古植物学者たち(paleobotanists)はどうやって下すのだろうか?

 木を英語に訳すと「Tree」と「Wood」の二つの言葉がある。植物学における「木の定義」をチェックしてみると、大まかにこのTreeとWoodに関わる二つの特徴があるようだ。(この二つの言葉に、具体的にどのような違いがあるか想像がつくだろうか?)

 現生種にもとづく大まかな木の定義として、まず「サイズ」がある。樹木はあえてことわるまでもなく、植物の中でも大きい。(カリフォルニアのメタセコイアスギの個体の中には全長80m・幹の直径10m以上に達する個体も知られていて、これは現生の陸生生物の中でも最大級のサイズを誇る。)多くの植物種の中でも、高さが「5メートル」以上に達するものを「樹木」(tree)とする指針が、UNECE/FAO(2000)等によって提唱されている(Gschwantner等2009参照)。それより小さいものは「低木(shrub)」と便宜上、区別して呼ばれることがある。

 - UNECE/FAO 2000. Forest resources of Europe, CIS, North America, Australia, Japan and New Zealand. Geneva Timber and Forest study papers 17. United Nations, New York and Geneva.
 -Gschwantner et al.2009. Common Tree Definitions for National Forest Inventories in Europe. Silva Fennica 43(2): 303-321.

 植物の進化上、高さを求める流れは何度も起きているようだ。この進化パターンにおける事実は無視できない。そこにはさまざまな理由が潜んでいるはずだ。例えば、背丈の高い植物(=樹木だ)は、森林の中における他の植物との熾烈な生存競争の下、より日光を手に入れやすい利点があるはずだ。丈夫で大きな樹木ほど、草食動物から直接身を守ることも容易になるだろう。そして背丈のより高い木ほど、より遠くに種をばら撒くこともできる。

 広範囲に多数の子孫を残せれば、それだけ(後の大きな環境の変化などを通しても)生き延び、更に多様性をとげられる可能性が高くなるというわけだ。ダーウィンにいわせれば、背丈の高い木の形質は(自然界において)「選択」され、世代をとおして背の低いものは「徐々に淘汰されていった」と説明するかもしれない。(他の仮説で説明することもできるかもしれない。)

 何メートル、何十メートルという木(Tree)の大きな体、そしてその重量を支えるには、それなりの「強度」も必要になる。少し風が吹いただけで(某チョコレート菓子会社のポッキーのように)幹が真っ二つにポキリと折れていては、何億年という長い間、種を存続させることなど不可能に近いだろう。

 この木の強度を可能にしたものが、(Woodとしての)第二の木の定義にあたる。この秘密は、その独特な「幹の(内部)構造」 ── いわゆる「年輪」 ── に隠されている。

 輪切りにした木の幹を、あらためて細かくのぞいてみる(上の年輪の写真参照)。木には「師部(phloem)」と「木部(xylem)」という、二つの異なるタイプの組織の集合体が存在する。師部は毎年新しく現れた細胞の集まりで、幹の中央部から外側へ円を描くように成長する(太くなる)。

 木部は(この師部が)成長を終え細胞が死ぬことにより形成される。この結果、木部の死んだ細胞は堅めの物質に変化し(=いわゆるWoodだ)、樹木に強度を与える。(これがいわゆる「Wood」といわれる物質のからくりで、オフィスの机や本棚、割り箸などさまざまなものに利用される。)

 そして、師部と木部の境目が木の成長が起きる「形成層」にあたり、毎年基本的に年輪として増え続ける。この一連の成長プロセスにおいて木の幹は年々太くなり、年輪としての跡(ライン)を残す。木の幹は外側に向けて成長を続けるので年輪の中央が出発点となる。

 -こちらのサイトに年輪の解剖図と成長パターンの詳しい説明あり:
  http://natural-history.main.jp/Education/Plant_anatomy/Stem/stem.html

 そして木の幹の断面図をさらに詳しく観察すると「道管(strand)」という根から幹の上までを貫く水を供給するポンプ・システムが、木部の中に存在する。加えて木の幹の丈夫で厚めの樹皮は、水分を蒸発してのがさないように内部に閉じ込め蓄えておくことに適している。

 こうして木の断面図のディーテールをのぞいてみると、かなり複雑な構造なのが分かる。「どうしてこのような斬新なデザインが、進化上、誕生したのだろうか?」(デボン紀の木の化石に、この謎に迫るヒントが隠されているかもしれない。)

 閑話休題。このような「大まかな」木の定義に、少し首をかしげる読者の方がいるかもしれない。現生の多種多様な植物群において、あまりにたくさんの例外がありすぎて、シンプルな特徴や定義で「識別できない」という批判は、当然あるだろう。

 例えば、パパイヤは草品と木本の中間のような形質を備えている(背丈は大きいものの年輪が見当たらない)。ナスやトウガラシの仲間は、環境によって木のように大きなサイズに成長することがある(木の大きさに育たないこともある)。近所のおじいさんがせっせと手入れする松の盆栽は、(先に紹介した)サイズの定義に当てはめると「木ではない」といえるかもしれない。

 「松が木ではない」ことが、理論上、はたして可能なのだろうか? こうした批判は、サイエンスのテーマを考察する際、私は個人的に健全で正しいと考えている。

 樹木の定義は現生種の植物において「あいまいな部分がある」という意見には、賛成するしかない。しかし、あえてここで一言断っておきたい。デボン紀後期以前の陸上植物は、ほとんど全ての種が非常に背丈の低い種しか(今のところ)知られていない。大型化はデボン紀中期の終わり頃、はじめて起こったようだ。

 そのため、少なくともデボン紀の植物化石において、この大まかな二つの定義でも、木の判定はかなり「シンプルに行える」ように私には映る。

 それではデボン紀の樹木には、どのようなものが具体的に、化石記録において知られているのだろうか? 「木の組織」(=Woodだ)は、植物の進化上、一度きり起きたのか、それとも複数回、何度も現れたのだろうか?