ドミニカから来たデスティノはTKOで日本王座挑戦権を得て愛娘を抱えて喜びを表現(写真・山口裕朗)

ボクシングの日本Sライト級王座への挑戦者を決める最強挑戦者決定戦が8日、後楽園ホールで行われ、ドミニカ人の同級1位、デスティノ・ジャパン(33、ピューマ渡久地)が同級2位の岡本和泰(30、奈良)を8回2分15秒TKOで下した。デスティノはドミニカ共和国代表としてアテネ五輪に出場した元オリンピアンだが、その来日経緯は、いわゆる輸入ボクサーではない。ドミニカで対戦相手に困り2年のブランクを作ったが世界王者となる夢を求めて2年前に来日した。ドミニカの誇りとチャンスをくれた日本への感謝を胸に来年日本王座に挑む。

 

 赤コーナーからタオルが舞った。福地レフェリーは、それより早く岡本が前かがみになって、よろけたところでストップをかけた。最強挑戦者決定戦をTKOで飾ったデスティノは、大きなドミニカ共和国国旗をリング上で掲げた。
 そしてスペイン語で、「勝利できたのは皆さんの支えのおかげです。ビザの手配をしてくれたドミニカ共和国大使をはじめ応援していただいた人々のおかけです。必ず日本タイトルをとります。また応援お願いします」と、丁寧にお礼を言った。

 序盤は上下にスピーディーな左のパンチを散らしてペースを握る。慎重だった。

「勝つことしか考えていない。だが、負けるかもという気持ちを失ったボクサーはリングに上がるべきじゃない」

 褐色の肌をした肉体は、そこらじゅうにバネが埋まっているようだった。5回に左フックが強烈なカウンターとなってヒット。タフな岡本がたまらずダウンした。

 6回にも右ストレートで膝を折らせた。ダメージの蓄積は明らかだった。最終ラウンドに再び右ストレートを浴びせ、もつれるようにキャンパスに跪かせると、続けてラッシュ。ドミニカンパワーが炸裂した。

「練習を積んできた右がよく当たった。角度はあるが打たれるリスクのあるパンチなんだけどね。僕のプロ戦績を見て、もっと早いラウンドでのKOを期待されたのかもしれないが、スタミナがあることを見せることができた。これが僕のスタイル」

 なぜドミニカ人のボクサーが日本のリングで日本タイトルへ挑戦? YOUは何しに日本へ?の世界である。

 デスティノは、12歳からボクシングを始め、コパ国際大会で銅メダルを獲得するなど頭角を現し2004年にはドミニカ共和国代表としてアテネ五輪に出場したオリンピアンである。渡久地聡美会長の説明によると、アマチュアで180勝以上をしてプロ転向後、ドミニカの国内王者となったが、強すぎて対戦相手がいなくなった。それでも貧困から抜け出せなかった。アメリカに渡る話も浮上。仲間のジョナタン・グスマンらが世界王者になったが、デスティノのマネジメント契約はうまくいかず、結局、家族の生活を支えるため朝から晩まで彼がドミニカで働かざるを得なかった。

 そのうち2年のブランクができた。もうボクシングをあきらめかけていた。そのとき、日本とドミニカの海を越えた“運命の糸”がつながる。ピューマ渡久地ジムには、ザッパ・トウキョウというリングネームのドミニカ出身のボクサーがいたが、そのザッパが、母国に帰った際、デスティノに「日本でならボクシングができるぞ」と声をかけたのである。