日ハム時代に「11」をつけていた大谷のエンゼルスの背番号は「17」に決定した

エンゼルスと入団合意した大谷翔平(23)の背番号は「17」に決まった。球団の公式ツイッターが報じたもの。今季はシェーン・ロビンソン外野手がつけていたが、FAで空き番となっていた。

 大谷が日ハム時代につけていた「11」は、エンゼルスでは永久欠番。名ショートとして鳴らし、引退後、エンゼルス、ホワイトソックス、フィリーズ、ブルージェイズで監督を務め、フィリーズ時代には世界一にもなった故・ジム・フレゴシ氏がつけていた番号。そのため「11」ではなく「17」になったが、実は、1961年につけた初代の背番号「17」の選手が、このジム・フレゴシ氏だったのだ。エンゼルスでは、永久欠番「11」の源流のような番号であり、大谷への期待感が十分にわかる。

 背番号の正式決定前までは、名物記者であるモロシ記者が「背番号は16か18。18は、日本のエースナンバーで黒田、岩隈、松坂が最初につけた」などとツイッターで憶測情報を飛ばしていたが「17」に落ち着いた。

 エンゼルスでの「17」は、このジム・フレゴシ氏をスタートに過去26人がつけていて、野手、捕手、投手といろんなポジションの選手が背負っていた。なかなか定着しない背番号でもあるが、近年最も長くつけたのが、1999年から2006年まで背負ったダリン・アースタッド外野手。球宴出場2度、ゴールデングラブ3度、2000年には240安打で最多安打タイトルを獲得しているスラッガーで2002年の世界一メンバーでもある。

 球団は大谷に二刀流のチャンスを与える考えで、その環境が整っていることも、大谷がエンゼルス入りを決断した理由のひとつになっているようだが、エンゼルスの背番号「17」も、投手、野手のどちらかのイメージに偏ったものではなく、二刀流にふさわしいものになった。

 大谷は米国時間の明日9日(日本時間10日)アナハイムのエンゼル・スタジアムの入り口付近で異例の公開入団記者会見を行うが、その際、背番号「17」のユニホーム姿が披露される。

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