道路建設のために土が掘られて、そのまま放置された小山。この傷口が少しずつ広がり、砂漠になっていく=シリンゴル盟・シリンホト市(2011年7月撮影)

 日本の3倍という広大な面積を占める内モンゴル自治区。同じモンゴル民族のモンゴル国は独立国家ですが、内モンゴル自治区は中国の統治下に置かれています。近年目覚ましい経済発展を遂げた一方で、遊牧民の生活や独自の文化、風土が失われてきました。

 内モンゴル出身で日本在住の写真家、アラタンホヤガさんはそうした故郷の姿を記録するためシャッターを切り続けています。アラタンホヤガさんの写真と文章で紹介していきます。

【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第6回

青空、白雲の下で風に揺られるチベット語の経典が書かれたタルチョク(青、白、赤、緑と黄色の祈祷旗であり、土地の神が宿るオボーやお寺などよく見られる)がオボーの上に立つ。かつては自然を大切にしてきた遊牧民の心のより所であり、精神的な支えでもあった=シリンゴル盟・シリンホト市(2015年9月撮影)

 昔からモンゴル人は自然を壊すことを禁じてきた。

 古くは中世モンゴルの歴史書『モンゴル秘史』の中で、チンギス・ハーンによる厳しい法令が記録されている。もともとはシャマニズムによる考えで、山や河、森に神が宿り、天は父、地は母である。そして、のちに仏教の伝来によって、自然を大切にすることや命を大事にする考えが遊牧社会にさらに浸透し、宗教的な意味合いも深くなった。

 例えば大地に穴を掘ることは、そこに生きている虫を殺すことになると信じられていた。1940年代、モンゴルを旅した日本人学者の記録によると、ラマ達は、必ずつるつるの丸い石を地面に置き、その上にしゃがんで小用を足す、と記されている。直接、地面に用を足すと、その勢いで地面に穴ができ、そこに生きている虫達が殺されることになるからだという。

 また20世紀の有名なスウェーデン人探検家であるスヴェン・ヘディンが1927年に内モンゴルのボゴト(包頭)を通った時、王から「好きなことをしてかまわない。ただし、地面を掘らないでほしい」と言われた、という記述を読んで、私は心から感動し、多くのことを連想させられた。(つづく)

※この記事はTHE PAGEの写真家・アラタンホヤガさんの「【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮るーアラタンホヤガ第6回」の一部を抜粋しました。

内モンゴル自治区の地図


アラタンホヤガ(ALATENGHUYIGA)
1977年 内モンゴル生まれ
2001年 来日
2013年 日本写真芸術専門学校卒業
国内では『草原に生きるー内モンゴル・遊牧民の今日』、『遊牧民の肖像』と題した個展や写真雑誌で活動。中国少数民族写真家受賞作品展など中国でも作品を発表している。
主な受賞:2013年度三木淳賞奨励賞、同フォトプレミオ入賞、2015年第1回中国少数民族写真家賞入賞、2017年第2回中国少数民族写真家賞入賞など。

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