日本の3倍という広大な面積を占める内モンゴル自治区。同じモンゴル民族のモンゴル国は独立国家ですが、内モンゴル自治区は中国の統治下に置かれています。近年目覚ましい経済発展を遂げた一方で、遊牧民の生活や独自の文化、風土が失われてきました。

 内モンゴル出身で日本在住の写真家、アラタンホヤガさんはそうした故郷の姿を記録するためシャッターを切り続けています。アラタンホヤガさんの写真と文章で紹介していきます。


【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第6回

馬群が消えつつあり、草原も衰退、どんどん砂漠が広がっていく=シリンゴル盟・シローンフブートチャガン・ホショー(2011年7月撮影)

 私が子どもの時(80年代後半から90年代前半)、実家の近くには5家族が暮らしていて、それぞれの家に馬が10~30頭がいた。夏の早朝、子どもたちは必ず、露がたくさん残る草むらを裸足で2~3キロ走って、その日に乗る馬を何頭か連れてくるのが日課だった。露で靴もズボンもびしょびしょに濡れてしまうので裸足だった。ちなみに、最近は露もあまり降りなくなっている。

 90年代後半になると、馬はいなくなり、飼っていてもせいぜい3頭ぐらいと、騎馬民族とも言われた遊牧民の誇りだった馬群は、一部の地域で姿を消しつつある。ラクダも同様だ。

 そもそも、遊牧民の数が激減している。開墾や鉱山開発などに膨大な草原が利用され、牧草地が狭くなっている。「家畜の数が多すぎる」と政府は指摘し、「禁牧」を推進したが、縮小した牧草地の面積や減少した遊牧民の数を基に、家畜の数の平均統計を取るため、数字上多くなっているとも考えることができる。

 こうした禁牧政策や定住化で所有する土地を鉄条網で囲むようになったことで、家畜の移動はできなくなり、それまで、大切にしてきた牧草地が家畜に食べ尽くされた。草の根によって守られ、固定されていたもろい土は、そのため風に吹き飛ばされるようになり、砂漠化に拍車をかけている。(つづく)

※この記事はTHE PAGEの写真家・アラタンホヤガさんの「【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮るーアラタンホヤガ第6回」の一部を抜粋しました。

内モンゴル自治区の地図


アラタンホヤガ(ALATENGHUYIGA)
1977年 内モンゴル生まれ
2001年 来日
2013年 日本写真芸術専門学校卒業
国内では『草原に生きるー内モンゴル・遊牧民の今日』、『遊牧民の肖像』と題した個展や写真雑誌で活動。中国少数民族写真家受賞作品展など中国でも作品を発表している。
主な受賞:2013年度三木淳賞奨励賞、同フォトプレミオ入賞、2015年第1回中国少数民族写真家賞入賞、2017年第2回中国少数民族写真家賞入賞など。

この記事が気に入ったら「いいね!」をお願いします