[写真]エルサレムをイスラエルの首都に認定すると表明するトランプ米大統領。左後ろはペンス副大統領(ロイター/アフロ)

 トランプ米大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定したことは中東のみならず世界に波紋を広げています。日本は同盟国であるアメリカとの間で難しい対応を迫られていますが、18日の国連安保理に提出された米政府の決定を無効だとする決議案には賛成しました。菅義偉官房長官は「当事者間の交渉により解決すべきであるという立場に変わりはない」と日本政府の基本的な立場を説明しますが、そもそもイスラエルとパレスチナに対する日本の外交方針はどういうものなのか。元外交官で平和外交研究所代表の美根慶樹氏に寄稿してもらいました。

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エルサレムをめぐる戦後の歴史的経緯

[地図]イスラエルとパレスチナ自治区

 トランプ大統領は12月6日、ホワイトハウスで演説し、エルサレムをイスラエルの首都と公式に認め、テルアビブにあるアメリカ大使館をエルサレムに移転する手続きを始めるよう国務省に指示したと表明しました。

 しかし、これに対し、イスラエルを除く大多数の国は強く批判的な態度を取っています。英仏独などはトランプ大統領の決定に「同意しない」ことを明確に述べました。「認めない」とか「支持しない」とか国によって表現の違いは若干ありますが、今回の決定を明確に批判している点では同じです。

 エルサレムをイスラエルの首都とすることがこのように大きな問題になるのは、複雑な歴史と宗教的・民族的・政治的対立があるからです。

 第二次大戦後の1947年11月、英国の委任統治下にあったパレスチナで、ユダヤ人とアラブ人の二国家が創設されること、両者の境にあるエルサレムについては、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の聖地であることから、いずれにも属さない「特別市」として国際管理下に置くことが国連で決定されました(パレスチナ分割決議)。

しかし、パレスチナの分割を認めないアラブ諸国はこの決議を受け入れず、1948年5月にイスラエルが建国宣言すると、パレスチナに侵攻(第一次中東戦争)。しかし翌年、イスラエルが国連の分割案より広い範囲を占領する形で戦争は終わりました。

 さらに、イスラエルは1967年の第三次中東戦争の結果、それまで支配していなかった東エルサレムを占領し、1980年には東西両地区を含めた「統一エルサレム」をイスラエルの永遠の首都であるとする法律を制定しました。

 これにアラブ人は強く反発しました。国連もイスラエルの行為を認めず、安保理は「イスラエル首都法は無効だとして破棄すべきものである」「国際連合加盟国はエルサレムに大使館を置いてはならない」「東エルサレムの統一は無効である」などと決議しました。

 しかし、イスラエルは、アラブ人がイスラエルの存在を認めないので安全のためにエルサレム全域を支配する必要があると主張し、国連決議に従いません。この状態が今日まで続いているのです。

 イスラエルを強く支持する米国のユダヤ人は不満で、議会で大使館の移転を求める法律を制定(1995年)させたりしましたが、歴代の米国政府は、イスラエルとパレスチナを和解させ共存させることを外交目標とし、大使館の移転は実行しませんでした。

 今回のトランプ大統領による大使館移転宣言は、複雑な中東問題を慎重に扱わなければならないという国際社会の意思や歴代の米政権の考えを無視する結果になるので、各国は激烈に批判したのです。