人口が減少し、社会の成長が見込めない時代といわれます。一方で、科学技術の進化が、高齢化の進む日本の未来を、だれにとっても暮らしやすい社会に変えるのではないかともいわれています。わたしたちは一体どんな社会の実現を望んでいるのでしょうか。

 そもそも、人間は、どこから来て、どこへ行くのか ── 。幸福学、ポジティブ心理学、心の哲学、倫理学、科学技術、教育学、イノベーションといった多様な視点から人間を捉えてきた慶応義塾大学教授の前野隆司さんが、現代の諸問題と関連付けながら人間の未来について論じる連載をスタートします。

 特に、人にとっての幸せなワークとライフの未来はどうなるのか。AIやロボットの未来はどうなるのか、という視点から論じていきます。


設計論としての幸せ研究を始めたわけ

[イメージ]ロボットと少年。科学技術の進化は人間の幸福につながるのでしょうか(写真:アフロ)

 慶應義塾大学の前野隆司です。連載、始めます。
 まずは自己紹介を。

 山口生まれ、広島育ち。東京に出て来て、東工大で修士課程まで学びました。カメラメーカーに9年間勤務した後、公募に応じて慶應義塾大学理工学部機械工学科の教員になったのが1995年。33歳の時でした。大学に移ってからは、ロボットや触覚の研究をしていました。2008年に、システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)という新しい研究科ができることになり、希望してこちらに移動したのが、46歳の時。現在に至ります。

 SDMとは、大規模・複雑化した世界の諸問題を、物事をシステム(要素の関係性)と捉えることによって新たにデザインし、マネジメントしていこう、という理念のもとに設立された、学問分野横断型・文理融合型の大学院。修士課程と博士課程から成り、学生の過半数は社会人です。私はここで、イノベーションの教育・研究や、幸福学の研究を行ってきました。

みんなが生き生きした世界をどうすればデザインできるか

 ロボットの研究者から、幸福学の研究者に、なぜ移ったのか?

 よくそのように聞かれます。ロボットの研究者といっても、「つるつる」と「すべすべ」と「さらさら」はどう違うのかを物心両面から明らかにする研究とか、人が物を持ち上げるときに行う無意識下の局所滑り検出メカニズムを明らかにする研究のように、人間とロボットの関係についての研究を、心理学も駆使して行っていました。したがって、「つるつるを人はどのようにして感じるのか?」という研究から、「感動や共感や幸せを人はどのようにして感じるのか?」というような研究に、少し方向転換した、というか、抽象度の高い課題に少しシフトしただけなのです。

 興味はずっと一貫して、人間とモノ・サービスの関係、心の無意識と意識の関係、人はどんなときに生き生きしたりクリエーティブだったりやりがいを感じたりするのかということ、そしてそんなみんなが生き生きした世界をどうすればデザイン(設計)できるかということ。

 もともとカメラやロボットの一部をデザイン(設計)する仕事をしていたのですが、人間が生き生きと自分らしく生きることをちゃんと設計変数(設計パラメータ)に入れたモノ・サービスの設計をすべきだという思いが、設計変数を「幸せ」という抽象度の高いものに引き上げた理由です。

 設計変数とは、モノやサービスを設計する際の目標のこと。たとえば、カメラの設計変数には、オートフォーカスのスピードとか、カメラの重量とか、サイズとか。スペックとも言いますね。Specification。

 要するに、「『幸せ』を、例えばカメラならカメラのスペックとして考慮するべきだ」と思って幸せの研究を始めた、ということなんです。せっかくエンジニアが「人々が幸せになるように」と願って頑張ってカメラを作っても、スペックに幸せが入っていなかったら、カメラを使った人が幸せになるかどうかわかりませんよね。それでは、設計論として不十分だと思ったのです。