天皇杯で試合を決めたのはセレッソ大阪・水沼宏太の延長戦での劇的ゴール(写真:田村翔/アフロスポーツ)

 歴史が繰り返された。Jリーグの開幕を5ヶ月半後に控えた1993年1月1日。旧国立競技場で行われたヴェルディ川崎との第72回天皇杯決勝で、横浜マリノスのMF水沼貴史は先制点となる芸術的なボレーをペナルティーエリアの外から突き刺した。

 ちょうど四半世紀の歳月がたった2018年1月1日。埼玉スタジアムを舞台にした第97回天皇杯決勝の延長前半5分に、セレッソ大阪のMF水沼宏太は父が現役を退くまでプレーし、自身もプロの第一歩を踏み出した古巣マリノスを突き放すヘディング弾を決めた。

 所属チームこそ異なるものの、父と息子はともに延長戦の末に、同じ2‐1のスコアで日本一の座を勝ち取った。1991年のJリーグ発足以降では、親子二代にわたる天皇杯制覇は史上初めて。しかも、そろってゴールまで決めた。

 セレッソにとっては前身のヤンマーディーゼルが第54回大会を制して以来、実に43年ぶりとなる天皇杯奪還。YBCルヴァンカップとの二冠獲得へ導くヒーローとなった水沼は、優勝の余韻が残る試合後の取材エリアで、いまも背中を追う父へ思いをはせた。

「初めて一緒のタイトルを取ることができたのは嬉しいですよね。目標であり、尊敬している父にはまだまだ追いつけない部分がありますけど、ひとつ誇らしいことができたかなと思っています」

 現在は解説者を務め、この日は都内のスカパー!のスタジオにいた貴史氏は、日本代表としても32試合に出場。テクニックとスピードにあふれたドリブルを武器に、マリノスの前身である日産自動車時代を含めて11個もの国内タイトル獲得を経験。そのうち6つを天皇杯が占める。

 一方の水沼も主戦場の右サイドから高精度のクロスを供給するが、最大の武器は労を惜しまないハードワークと、176センチ、72キロのボディ全体から放つマグマのような熱さ。決勝点にはそれらが鮮やかに体現されていた。

 左サイドからFW山村和也がクロスを入れる。標的はファーサイドだったが、山村をして「狙った場所より少しずれた」と言わしめたボールは、相手GK飯倉大樹に近い空間へ飛んでいった。

 187センチの長身FWリカルド・サントスは、クロスを追うのをすぐにあきらめた。サントスを警戒していた飯倉の反応が、必然的に中途半端になる。そして、サントスのさらに外側を、左サイドバックの下平匠を追い抜くように走ってきた水沼は絶対にあきらめなかった。

「ボールが来るかなと思いながら、とにかく必死に走りました。疲れている時間帯だからこそ、予測が上手く働いたりもする。(山村)和也もリカ(サントス)が見えて蹴ったと思うし、僕自身も何かが起きると信じて、リカの後方にいるようにしていました」

 

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