9秒台男の桐生の2018年計画を探る(写真・アフロ)

陸上の男子100mで日本人初の9秒台となる9秒98をマークし、歴史を塗り替えた桐生祥秀(22)が真価を問われるシーズンに臨む。

 日本歴代最速のスプリンターとして臨む注目のシーズン初陣は、4月下旬の織田記念国際(エディオンスタジアム広島)が有力だ。昨年が3月11日のSUMMER of ATHS Grand Prix(豪州キャンベラ)だったから、約1ヶ月半も遅らせてシーズンインすることになる。

 桐生が所属する東洋大学陸上部は今春も、気候が温暖な豪州での合宿を予定している。冬期練習の成果を試す舞台にもなるレースを回避する理由は、いきなり10秒04をマークした昨年を「失敗」と位置づけているからだ。
五輪に2度、世界陸上に3度出場した経験をもち、桐生を入学時から指導してきた東洋大学陸上競技部の土江寛裕短距離部門コーチ(43)は、ある意味で嬉しい誤算だったと昨年3月の力走を振り返る。

「意識して10秒0台に上げるというタイミングではなく、一気に10秒0台に上がっちゃったという感じでした。結果としてその後もずっと高いレベルで走りすぎて、肝心の日本選手権前には精神的に消耗していた部分があったので」

 昨年は帰国後も10秒0台を連発。9秒台突入は時間の問題か、と期待が膨らんだ一方で、ヨーロッパを転戦した後の6月中旬には「疲れました」と口にするようになったという。

 果たして、世界陸上ロンドン大会の選考会を兼ねた6月24日の日本選手権決勝では、10秒26の4位で惨敗した。メンタル面での疲労に、「勝たなければ」という気負いが拍車をかけた悪循環だった。

 苦い思いを教訓に変えたからこそ、意図的にスタートを遅らせる。もっとも、土江コーチをして「明らかにそれまでと次元が違っていた」と驚かせた春先の走りは、冬期に課してきたユニークな練習が桐生を内側から変貌させた証でもあった。

 ハンマー投げの金メダリスト・室伏広治氏に師事して体幹を徹底強化し、ボクシング練習にも夢中になって取り組んだ。なぜ陸上短距離とボクシングなのか。土江コーチの狙いはこうだ。

「たとえるならミシンのようにダン、ダン、ダンと縦に踏んでいく走りが桐生の特徴ですけど、僕としてはもうちょっとだけ前方向に幅を持たせたかった。ストライドを出すために、縦の速さを生かしながら、骨盤の動きとかを少し前へ出したいと思っていたんです。
 陸上の練習にはドリルと呼ばれる、地味な動き作りがありますけど、アイツはそういう練習を好まない。そこで考えたのがボクシングです。走りにもつながる足と腰と上半身を連動させる練習になるし、3分間単位で絶えず動くことで体を絞る練習にもなるので」

 足から腰、上半身、腕を連動させてパンチを打ち続ける。ボクシング練習は骨盤を左右交互に前方へ出し、ストライドを伸ばさせる動きを体に覚え込ませる上で理にかなっていた。加えて、土江コーチは桐生の性格を上手く利用していた。

「空手の経験者でブルース・リーのファンでもあった父親の影響もあって、アイツは格闘技が大好きなんですよ。ボクシングをやるかと聞いたら『やりたい!』と」

 室伏氏への師事も、桐生の希望を受けたものだ。
 理論派を自任する土江コーチに対して、桐生は情熱を力に変えて走る感覚派。両極端と言えるだけに、1年生と新任コーチというタッグを組んだ直後の2014年春には公の場で衝突している。

「僕を9秒台で走らせると、なぜコーチは言わないんですか。ある指導者は僕を9秒台で走らせると言っているのに、コーチが言わないのはあなたに自信がないからだ!」

 場所は東京・北区のナショナルトレーニングセンターの正面玄関。練習を終えて帰路に就くときに、心中に募らせていた不満に近い思いを桐生が爆発させた。
 ただ、「根拠がないからだ!」と応戦した土江コーチにも譲れない一線があった。

「当時の桐生は、ベースが10秒1台の選手でした。十分にすごい選手でしたけど、一気に9秒台を狙うとなると難しい。常に10秒0台で走れる実力がついて、いろいろな条件が整ったときに初めて9秒台が出ると考えていたので」

 

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