7年半ぶりに鹿島復帰の内田篤人が始動。その視線の先にあるものは?

プロの第一歩を踏み出した愛着深い古巣、鹿島アントラーズへ約7年半ぶりに復帰した元日本代表DF内田篤人(29)が9日、復活をかける2018シーズンへ向けて始動した。

 同日午後に茨城・鹿嶋市内で行われた、アントラーズのシーズン初練習に参加。ランニング、ボールを使ったフィジカルトレーニング、ストレッチなど約1時間半におよんだメニューをすべて消化した。

 ブンデスリーガのシャルケへ移籍したのが、ワールドカップ・南アフリカ大会を戦い終えた直後の2010年7月。当時のチームメイトは同じ1988年生まれのMF遠藤康と、今年39歳になる大ベテラン、GK曽ヶ端準とキャプテンのMF小笠原満男の3人しか残っていない。

「(全員で)ランニングをしていても、パッと周りを見たら自分一人だったこともあって。ちょっと寂しい感じはありましたけど、これからまた話をしていければいいかな」

 メディアの質問に笑顔で応対していた口調がちょっとだけ強まったのは、古傷でもある右ひざの具合を聞かれた直後だった。

「僕はずっとドイツにいたので、皆さんは知らないと思いますけど。練習はずっとやっていますし、ひざがどうこうというのはまったく問題ないと思います」

 右ひざの痛みとの戦いをさかのぼっていけば、2014年2月にまで行き着く。
 右太もも裏の肉離れで戦列を離れると、精密検査で右ひざの腱まで断裂していることが判明。手術を受けるとワールドカップ・ブラジル大会を棒にするおそれがあっため、保存療法で何とか間に合わせた。

 しかし、翌2015年3月に右ひざが再び悲鳴をあげる。膝蓋じん帯を痛め、メスを入れることを余儀なくされる。ドイツだけでなくアントラーズでもリハビリの場を作り、UEFAヨーロッパリーグのレッドブル・ザルツブルク戦でピッチに戻るまで、実に1年9ヶ月もの時間を要した。

 それでも、リーグ戦の舞台には2シーズン続けて立てなかった。シャルケとの契約を1年間残していた昨年8月には出場機会を求めて、ブンデスリーガ2部のウニオン・ベルリンへ完全移籍。捲土重来を期したが、年内の出場試合数はわずか「2」にとどまった。

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