人口減少期に入り、地方は人口流出を抑制し、都市から人口を呼び戻そうと躍起になっています。しかし、移住のためのさまざまな方策も大きな成果を挙げているとまではいかず、人口を循環させることはそう簡単ではないようです。

 そこで、福井県立大地域経済研究所特命講師、丸山洋平氏が、人口移動や家族の姿の変化から、日本の人口を捉えるための視点について執筆します。連載第2回のテーマは「地方圏からの流出人口の変容 ── 誰が地元を離れ、誰が地元に残るか ── 」です。


[イメージ]大都市圏へ人口を供給してきた日本の地方圏。どのような人たちが地元を離れていったのでしょうか(写真:アフロ)

 第1回の連載では東京圏の人口一極集中について書きましたので、今回は地方圏(*1)の人口変動について考えてみましょう。地方圏の中にも様々な地域差がありますが、ここでは地方圏全体というマクロ的な視点に立ちながら、特に人口移動の質的な変化に着目してみたいと思います。

[図1]地方圏の転入超過数の推移(資料:住民基本台帳人口移動報告年報)

 図1は住民基本台帳人口移動報告年報による地方圏の転入超過数の推移を示しています。マイナスの転入超過ですので転出超過です。戦後日本では、一部の時期を除いて地方圏は大都市圏に対して転出超過であり、人口の供給地でありました。人口移動は10代後半から30歳前後までの間に集中して発生する人口現象ですので、地方圏からすると、これから先の地域社会を担う若者を流出によって失い続けてきたということになります。

 最近の転出超過の状況を見ると、1990年代後半以降に転出超過が拡大し、2007年にはバブル経済期に匹敵する水準に達しました。リーマンショックの影響で一時的に縮小しましたが、2012年以降は再び拡大するような変化を見せています。2000年以降は平均すると毎年10万人程度の転出超過となっていますから、確かに見過ごせない規模の人口減少です。

 しかし、かつてはもっと大きな転出超過がありました。1950・60年代の高度経済成長期です。毎年おおむね40万人以上の転出超過があり、1961~63年は60万人以上を記録しています。1960年から1970年までの転出超過数を合計すると528万人となり、これは1965年国勢調査の北海道の総人口517万人を上回ります。10年間かけて北海道の人口が丸ごとなくなってしまうほどの人口分布の変化が起きていたのです。

 高度経済成長期にはこんなにも多くの人口が流出してしまい、さらに流出していたのが次世代を担う若者であったわけですが、果たして地方圏の社会は維持できていたのでしょうか。また、その頃に比べれば転出超過の規模はかなり小さいにも関わらず、なぜ最近の人口移動は「地方圏と東京圏との人口移動を均衡させ、東京一極集中を是正する」といったように、改善する必要があるもののように認識されているのでしょうか。

 こうした疑問に対して、人口移動と家族形成行動との関係から考えてみたいと思います。ポイントになるのは、誰が地方圏にとどまり、誰が大都市圏へ流出していたのかということです。


(*1) 東京圏(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県)、名古屋圏(岐阜県、愛知県、三重県)、大阪圏(京都府、大阪府、兵庫県、奈良県)を除く36道県を地方圏としている。