地方への移住という夢。

 それは、バブルの崩壊によって、むしろ肥大化していった。

 現在も刊行されている宝島社の雑誌『田舎暮らしの本』が創刊されたのは、1987年の秋。90年から隔月刊になった同誌は、バブル崩壊後も好調で1992年3月には月刊化を果たしている。

伊那谷楽園紀行・住みたくなる<人々>を求めて

[イメージ写真](アフロ)

 この1992年は、バブル景気のイケイケドンドンの風潮が完全に冷めていった年である。この年の11月に発行された中野孝次『清貧の思想』(草思社)は、年末までに18刷12万部のベストセラーになった。西行・兼好・芭蕉といった風流人たちの生き方をもとに、シンプルな暮らしを是とする中野の主張は、景気の後退で冷や水を浴びせられた社会の共感を集めた。

 「清貧と貧乏とは違う。逆説的なんだけれど、豊かさの上に成り立つ。光悦も良寛も豊かな生活を知っている。それでいて、ぜいたくを捨て、必要最小限の生を選んだ。われわれも物が過剰にある中での生を体験した。そして所有にとらわれる空しさを知った。だからこそ今、簡素な生活のよさがわかるのではないか、と思って書いたのです」(『西日本新聞』1993年2月13日付夕刊)

 『清貧の思想』が心を捉えた中心は、40代の男性だったが「田舎暮らし志向」は、もっと下の世代。20代後半から30代前半にまで広がっていた。『SPA!』1993年2月17日号に掲載された東京で働く20〜30代の男女を対象にしたアンケートでは、約6割が「東京を離れたい」と回答。そのうち約2割が「いずれするつもり」と断言。残りのほとんども「条件さえ合えば」と回答している。この号では、当時東京から高知県へIターンした県知事だった橋本大二郎の、こんなコメントが紹介されている。

 Iターン・Uターン者の良さは、都会的な視点を持っているという点です。Iターン・Uターン者を歓迎するのは、単に人口を増やしたいということではなく、新しい視点を持ち込んでくれることによって、地域にいろんな考え方があるんだなということを知らせ、発憤させてくれるからなんですね。

 現代にも通じる地方移住に欠かせない要素。移住する側が、お客様気分であってはならないこと。受け入れる土地の側の人口や労働力確保にも目を向ける視野の広さは、この当時から指摘されていたわけである。けれども、その大切な部分は見過ごされがちだった。バブルの熱狂の後にやってきた、地方移住のブームは、どこかバブル当時のイケイケドンドンの風潮が「もう東京を捨てて、地方にいっちゃえ」に変化しただけのものだった。

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