『麻生太吉傳』刊行所 麻生太吉傳刊行會発行第一書房より

 炭坑には当たりはずれがあり、炭層の悪いはずれを掴んだら、大きな損害を被ることになります。「本洞坑」をめぐって、当時の九州・筑豊の石炭産業のドンと呼ばれた貝島太助と太吉のやりとりが残されています。義理と人情の男、貝島の懐の深さを感じるエピソード、そして世代交代、政界進出など太吉の晩年までを市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。


  石炭王・貝島との本洞坑にまつわる秘話

  日露戦争バブル景気が弾けて、筑豊炭田にも不況の影がしのび寄っていた。三井財閥の重鎮団琢磨は三池炭坑に次ぐ有力坑を探していた。そんな時「貝島太助が本洞坑をほしがっているそうだが、麻生太吉がなかなか手放さないらしい」

 「なんでも貝島は100万円出すと言っているとか」といったうわさが団三井合名理事長の耳に入る。

 団は早速、貝島に面会を求め、本洞坑の買収から手を引くように求めた。貝島は「三井が125万円出せば手に入るだろう。わしはそこまでは出し切れん」と言って団の顔色をうかがった。これは貝島のシャミセンであった。

 5年前、太吉に本洞坑を買わせ、苦労させたことは始終、貝島の脳裏にこびりついていた。義理と人情で生きる筑豊のボス貝島太助は麻生太吉に借りを返すときは今だ、と一世一代のシャミセンを弾いたのだった。団はあっさり125万円で本洞坑の買収に踏み切った。 

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