日本の3倍という広大な面積を占める内モンゴル自治区。その北に面し、同じモンゴル民族でつくるモンゴル国が独立国家であるのに対し、内モンゴル自治区は中国の統治下に置かれ、近年目覚しい経済発展を遂げています。しかし、その一方で、遊牧民としての生活や独自の文化、風土が失われてきているといいます。

 内モンゴル出身で日本在住の写真家、アラタンホヤガさんはそうした故郷の姿を記録しようとシャッターを切り続けています。内モンゴルはどんなところで、どんな変化が起こっているのか。

 アラタンホヤガさんの写真と文章で紹介していきます。

【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第7回

ブリドインスムに戻り、宗教活動をしている唯一のラマ=シリンゴル盟・シローンフブートチャガン・ホショー(2011年7月撮影)

 ある日、私はSNSに流されたある寺の写真に衝撃を受けた。壁が殆どなく、柱と屋根だけが残っている寺だった。いつ崩れて消えてもおかしくなかった。

 あの手この手を使って調べて、やっと寺の名前と場所がわかった。寺の名は「フィスインスム」といった。友人 に案内を頼み、その寺へ向かった。

 道に迷いながら日暮れにやっとフィスインスムを見つけた。壁はほぼ崩れ、柱が残っているだけ。中に入ってみたら文化大革命の時に書かれたモンゴル語と中国語のスローガンがそのまま残されていた。その内容は「人民と軍隊が一丸となれば、天下無敵」という意味だった。この寺は、奥地にあり、観光のメリットがないので、修復は不可能だと思われた。

 しかし、これらの寺よりも知名度が高いものや観光用に利用される価値がある寺は少しずつ修復されている。

 例えば、「ブリドインスム」はその一つだ。この寺はブリドソムにあり、本堂が倉庫として利用されていたので残されていた。寺を訪れた際、カメラを持ちながら本堂の中を見学しようと入ったら、年配のラマに中国語で撮影禁止と言われた。「セーェン バイノー」とモンゴル語で挨拶したら、「モンゴル人ですか、どうぞ」と言われ、自ら寺を案内してくれた。

 彼は、文化大革命の時は若いラマだったので、還俗し、実家に帰って牧畜に従事したという。最近、寺が修復されるということで戻ってきた。今は唯一のラマである。修復と言っても、掃除して、使えるようにしただけで、二階は全く手付かずの状態なので、上がれなかった。取材中も一人の年配者が孫を連れてお参りしていた。