JR SKISKIの2017年度のポスター(撮影:志和浩司)

 JR東日本のスキー旅行キャンペーン、JR SKISKI(JRスキースキー)は1991年から展開されているおなじみのキャンペーンだ。近年、若手女優をイメージキャラクターに起用して人気を集めてきたが、今回(2017年度)はなんとバブル時代の人気映画「私をスキーに連れてって」。

 羽振りの良かったあの時代を懐かしむような”バブル推し”ともいえる現象が、エンタメ業界を中心にこのところ目立つ。平野ノラやベッド・インなどバブルキャラが活躍、年末にはバブル期のファッションで荻野目洋子の「ダンシングヒーロー」を踊る大阪府立登美丘高校ダンス部が郷ひろみとのコラボで紅白出演まで果たした。そんなタイミングだけに”JR SKISKIよ、お前もか?”と一瞬思ってしまったのだが、果たしてそのねらいはどこにあるのか。また、同作が生まれたバブル時代もあわせて振り返ってみたい。

1991年スタートのJR SKISKI 今回のキャンペーンは「バブル色」を狙ったわけではない?

 JR SKISKIは1991年にスタート、何度か中断期間もあるが、近年、とくに2012年度からは若手女優と人気アーティストの楽曲を組み合わせ、CMやポスターなどメディアミックスによる宣伝展開で都度、注目を集めてきた。12年度・本田翼、13年度・川口春奈(CMソング=SEKAI NO OWARI)、14年度・広瀬すず(CMソング=back number)、15年度・山本舞香と平祐奈(CMソング=MAN WITH A MISSION)、16年度・桜井日奈子(CMソング=[Alexandros])といったそうそうたるラインアップだ。さあ、2017年度は誰が選ばれるのか?と思いきや、前述のように「私をスキーに連れてって」を採用。なんとキャッチコピーは「私を新幹線でスキーに連れてって」。当時そのままの映画の一場面やビジュアルを活用したCMやポスターが話題を呼んでいる。

2016年度キャンペーンの桜井日奈子(2015年撮影:志和浩司)

 JR東日本広報部に取材すると、今回のキャンペーンについてはバブル色をねらったわけではなく、「1987年4月1日に発足した弊社JR東日本(東日本旅客鉄道株式会社)がちょうど30周年を記念するプロモーションということで、やはり30年前、同じ87年に公開された映画『私をスキーに連れてって』を採用したものです」と作品起用の意図について明確な説明をもらった。一定の年齢以上の人であれば多くの人が見覚えありそうな同作のビジュアルの効果は絶大で、「お客様からも『懐かしい』といった声が多く届けられておりまして、非常に好評です」(同広報部)とのことだ。

 また、同作をリアルタイムで知らない若い世代にとっては、古さを感じさせない同作のビジュアルが新鮮に映っている部分もあるようだ。

 「私をスキーに連れてって」は、バブル前後から数々の流行を生み出した日本のクリエイターグループ、ホイチョイ・プロダクションズ製作の映画で、同作に続く「彼女が水着にきがえたら」(1989年)、「波の数だけ抱きしめて」(1991年)とあわせ「ホイチョイ3部作」と呼ばれいずれも大ヒットを記録した。作品としての重みや深みよりも全面的にヒットすることを意識したような、トレンディードラマを思わせるポップなテイストに、旧来の映画人、映画ファンには眉をひそめる人も少なくなかった。

 しかしその一方で、当時筆者が話を聞いた映画関係者の中には、「いま映画界にいる人間は遊んでいないんだよね。日活アクションの時代は1本映画を撮り終えれば銀座に飲みに繰り出したり、映画を作る側が遊びを知っていたんだ。だから面白い映画が作れた。ホイチョイは、言ってみればそのころの映画人のように遊びを知っている人たちが作っているんだろうね。だとすれば、かなわないのは当然だよ」と反省の弁を漏らす人もいたのを覚えている。ホイチョイ映画は、まさにバブルの”キラキラ感”ともいえる楽しげな雰囲気をまとっていたということだろう。そういう意味では、JR SKISKIの意図は別として、同作をイメージキャラクターに選んだ時点で結果的に今回のキャンペーンはある面バブル色をまとうことになったといえるのではないだろうか。