[写真]1時間40分近くの会見を終え、会見場を去る小室さん。最後のおじぎの際には笑みも見えた

 昭和の終わりから平成にかけて、数々のヒット曲を世に送り出してきた音楽プロデューサーの小室哲哉さん(59)が19日、突然の引退を発表した。不倫報道を受けた会見の場でのことだった。デビュー以降、日本の音楽界をけん引し続けてきた小室さんの“引退会見”からは、自身が作り出してきた楽曲や音楽への思いがにじんだ。

【会見動画】不倫報道の小室哲哉さんが会見で陳謝「けじめとして引退を決意した」

音楽界をけん引した80、90年代

「90年代にいろいろな方が歌ってくれたヒット曲、みんなが楽しんでいる姿を垣間見ることが幸せだった。一番辛いのは今日です」

 音楽の世界からの引退を発表した会見の中で、小室さんは音楽人生を振り返り、こう語った。

 音楽人としては、非常に華やかな経歴だ。1983年に宇都宮隆さん、木根尚登さんと結成したTM NETWORKでは、デジタルを駆使した音楽を前面に打ち出し、アニメや映画の主題歌にもなった「Get Wild」「SEVEN DAYS WAR」「BEYOND THE TIME」など数々のヒット曲を発表。一方で、作曲家として渡辺美里さんの「My Revolution」(1986年)など多くの歌手への楽曲提供も行った。

 1990年代に入ると、音楽プロデューサーとしての才覚を表し、93年のTRFを皮切りに、安室奈美恵さん、篠原涼子さん、華原朋美さん、ダウンダウンの浜田雅功さんとのユニット「H Jungle With t」などを手がける一方、自身も参加したglobeも立ち上げ、ミリオンヒット曲を連発。特に「CAN YOU CELEBRATE?(安室奈美恵)」「DEPARTURES(globe)」「WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーヴメント(H Jungle With t)」「恋しさと せつなさと 心強さと(篠原涼子)」はオリコンで200万枚を超えるセールスを記録した。

90年代のブームは「すご過ぎた」

 そんな社会現象ともいえた90年代のブームは、小室さんにとっても「実感がない」ほどのものだったという。

 もともと芸能人になりたかったり、ヒット曲を作りたかったりしたわけではなく、「好きな音楽をやれたらいいなと思って始めた」という小室さんは「自分でもまったく、いまでも想像がつかない枚数だったり、売り上げだった」「まったく絵空事というか、実感がないというのが正直なところ」と打ち明けた。

 そして、「あの時代」との比較という宿命が常につきまとうようにもなった。「93年、94年から2000年ぐらいまでがブームだったと思うが、いま思うとすご過ぎた。それが一番の基準になった。それを超えるのはもちろんできないし、下回るとレベルが下がったとか、枯渇したとかいう感覚。いまこの時代、何をもってミリオンセラーというようなことをいうか、数字が定まってない時代に、模索するのは難しいが」。

 ただ自分が生み出した楽曲への思い入れはいまでも強い。「(安室さんら)いろいろなヒット曲を歌ってくれた方への楽曲を通しての思い出は、一言では計り知れない。1曲1曲話しても多分、1日かかるぐらいの、いい思い出がたくさんある」。そして引退を決断した要因の一つに、それらの楽曲への悪影響もあったと明かした。

「今後もこの曲いいな、歌いたいな、聞いてみたいな、そんなふうに思ってもらう曲もあるのかなと思っている。そういう楽曲は退かないで生きていってほしい。自分が作った曲に影響がいってしまうのは、一番僕が望んでない。そういう強迫観念もあった」

この記事が気に入ったら「いいね!」をお願いします