川崎フロンターレに移籍した齋藤学は約1800人のファンに温かく迎え入れられた

 横浜F・マリノスから川崎フロンターレへの完全移籍が“禁断”のそれだとして、一部のマリノスファンやサポーターから激しいバッシングを浴びていたMF齋藤学(27)が21日、移籍発表から9日目にして初めて公の場に姿を現した。

 川崎市内のカルッツかわさきで開催された新体制発表会に、FC東京から1年で復帰したFW大久保嘉人(35)ら6人の新加入選手とともに出席。初めてフロンターレのユニフォームに袖を通し、会場に詰めかけた約1800人のファンやサポーターから熱い声援と拍手を送られた。

 昨年9月に右ひざの前十字じん帯を損傷。全治8ヶ月と診断された齋藤は、前日まで宮崎・綾町で第1次キャンプを行っていたフロンターレには合流せずにリハビリを継続。その間の19日には自身のインスタグラムを更新し、移籍に踏み切った心情を綴っていた。

「SNSでの挨拶もそうですし、同じ日にマリノスへの挨拶も済ませました。僕としてはひとつの区切りというかけじめをつけたかったので、その意味では今日からフロンターレの選手として、すべきことをしようと思ってここに来た。葛藤は何もないです」

 ヨーロッパへの移籍を志望したものの具体的な交渉には進展せず、一度は練習生の形でマリノスのキャンプに参加していた齋藤は昨年2月に入って再契約。同時にジュビロ磐田へ移籍したレジェンド・中村俊輔から「10番」と、キャプテンの大役を引き継いだ。

 それから1年も経たない状況での電撃移籍。加えて、齋藤の強い海外志向を汲んでマリノスとの間で結ばれていた、単年契約の満了に伴うために移籍金が発生しない。ヨーロッパでは背信行為と映る「ゼロ円移籍」だったことが、一部ファンやサポーターの怒りに“油を注ぐ”形となった。

「自分が決めた道なので、そういうこと(バッシング)もあると思うんですけど、応援してくれる人もすごく多かった。こんな移籍というとあれですけど、こんな形で移籍したはずなのに、温かく送り出してくれた人たちがすごく多かったことが、本当にありがたかった」

 インスタグラムでは綴らなかった事実も、話せる範囲で明らかにした。
 マリノスとの契約延長へ向けた交渉が開始された昨年12月の段階で、齋藤によれば「正直な話、もともと(マリノスを)出る気はなかった」という。しかし、直後に状況が大きく変わる。

「いくつかのチームから話はもらっていたんですけど、けがをしている状況でも評価が変わらない、しっかりとしたオファーを(フロンターレから)もらったので。マリノスでサッカーを始めましたけど、僕は川崎市の出身。そこから少し揺さぶられた要因ではあるかな、と思っています。
 どのようにしてそういう(移籍の)話になったのかは言えない部分が多いんですけど、最終的に周りがどうこうというよりは、自分にとって一番厳しい道を選ぼうと思いました。これだけ強く、ポジション争いが激しいチームで自分がチャンスをつかむ、挑戦するという意味でここだと」

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