保守派の論客として知られた評論家の西部邁氏(78)が死去しました。多摩川で発見されており、自殺とみられています。西部氏とはどのような人物なのでしょうか。

【連載】大衆心理からみる現代社会

 西部氏は保守派の重鎮といわれた言論人ですが、もともとは左翼の著名活動家でした。東京大学に入学した西部氏は、共産主義者同盟(ブント)に入り、その後、全学連中央執行委員に就任。60年安保闘争のリーダーとしてその名前が知られることになりました。卒業後は大学院に進学し、経済学者、評論家として活動を開始。この頃から思想的立場を180度変え、保守的な立場を明確にするようになります。

 西部氏の名前が一般に知られるようになったのは、大衆を厳しく批判した著書「大衆への反逆」に代表される、一連の評論活動でしょう。「大衆への反逆」は、スペインの思想家で大衆社会を痛烈に批判したオルテガ・イ・ガセットの名著「大衆の反逆」から着想を得たものです。オルテガや西部氏は、いわゆる世間一般でイメージされる大衆はもちろんのこと、工業化に伴って大量に出現した高学歴の専門職の人たち(いわゆる専門バカ)に対しても、教養が欠如しているとして痛烈に批判。多くの議論を巻き起こしました。

 当初は学者と評論家の二足のわらじでしたが、宗教学者である中沢新一氏の東大助教授への推薦に際して教授会と対立。西部氏は東大に辞表を出し、評論活動に専念することになります。

 その後、テレビ朝日系列の「朝まで生テレビ」の常連となり、舛添要一氏、猪瀬直樹氏などと並んで、いわゆる「朝ナマ文化人」としてお茶の間にも知られるようになりました。

 当初、「新しい歴史教科書をつくる会」に参加しましたが、後に脱退。独自の評論活動を続けていましたが、最近は病気がちだったともいわれています。

 激高したり、相手を罵倒するタイプの評論家も多い中、西部氏は極めて理知的であると同時に、温和で間口の広い言論人として知られてきました。自身とは思想的な立場が異なる人ともしっかり議論するなど、その人柄と知性は高く評価されています。

(The Capital Tribune Japan)

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