人口が減少し、社会の成長が見込めない時代といわれます。一方で、科学技術の進化が、高齢化の進む日本の未来を、だれにとっても暮らしやすい社会に変えるのではないかともいわれています。わたしたちは一体どんな社会の実現を望んでいるのでしょうか。

 幸福学、ポジティブ心理学、心の哲学、倫理学、科学技術、教育学、イノベーションといった多様な視点から人間を捉えてきた慶応義塾大学教授の前野隆司さんが、現代の諸問題と関連付けながら人間の未来について論じる本連載。6回目は、「AIは人間を超えるのか?」がテーマです。


循環的世界観と進歩的世界観 ── どちらでAIの進歩をみるか

[イメージ]AIやロボットの進歩は目覚ましいです。人間とどのような関係になっていくのでしょうか(写真:アフロ)

 いよいよ4月ですね。学校は新学期です。連載も6回目となりました。未来について語ると言いながら、これまで全く語っていなかったので、そろそろ未来についても語ってみましょう。

 とはいえ、過去の話は未来を語る際に参考になります。現代は、2500年前に戻ったとも言える時代、と述べました。循環的世界観です。一方で、科学技術の進歩は凄まじく、かつてない世界が出現し続けています。進歩的世界観です。

 どちらに立脚するかによって、未来像は異なりますね。どちらも正しいのですが。歴史の見方の違いです。

 循環的世界観に立脚すると、AIがどんなに進歩して人間を超えても、まあ大したことはないと言えます。
 一方の進歩的世界観に立脚すると、地球上で一番知的だと思っていた人間が一番ではなくなるのですから、えらいことです。

 私も、いつかAIやロボットは人間の能力を超えると思います。シンギュラリティ(技術的特異点)です。レイ・カーツワイルはそれが2045年ごろだと言います。有名なムーアの法則(コンピュータの能力は1.5年で2倍になる。つまり、10年で100倍、20年で1万倍、30年で100万倍になる)に従って指数関数的に進歩するなら、いつかはあらゆる面で人間を超えるでしょう。さすがにムーアの法則はいつまでも続かない、という意見もありますが、たとえ進歩スピードが鈍ったとしても、いつかは人間を超えるでしょう。

 また、脳は神経細胞というオン・オフスイッチが1000億個つながっているだけなので、いつかつながり方の詳細が解明されれば、コンピュータで脳を再現することも可能となるでしょう。

 しかし、その何が問題なのでしょう。人間が神のようなものを作るというだけのことではないでしょうか。あるいは、人間がチンパンジーのような、地球上で一番賢い種ではない二番手に移動するというだけのことでなはないでしょうか。それが嫌だという発想は、特権意識・差別意識なのではないでしょうか。

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