アーケードから目線を上げると見える「古き良き」看板建築

 駅は、別れと出会いの場。10代の頃に見たイタリア映画の『終着駅』で、そのことを知った。映画の中で描かれたのは、メロドラマそのものの別れ。けれども、それからの人生の中で、駅で体験したのは、別れよりも新たな出会いへの期待。初めて降りる駅。幾度も降りる駅。靴の裏が新しい土地に触れる度に、期待に胸が高鳴ることは止められない。だから、仕事の合間を見つけては日本地図、あるいは世界地図を眺めて、行ってみたい未知の土地と、何度も訪れたい街へと思いを馳せるのだ。

 2017年12月の初頭。新宿を出発したバスは、一路伊那谷へと向かっていた。中央道を走るバスのおきまりの休憩地である山梨県の双葉サービスエリア。運転手が告げる出発時間を注意深く確認してから外に出ると、東京の喧噪の中では感じることのない、刺すような寒さが全身を覆い尽くした。

 でも、これはまだ序の口。

 休憩を終えたバスは、再び走り始める。

 車窓の右手に雲がかかった八ヶ岳を見ながら、茅野を過ぎ諏訪湖の水面が目に映る頃には、凍てつくような風景があった。ちょうど小雨のぱらつく天気。周囲の山には低く雲がかかり、天候の厳しさを感じさせた。

 諏訪湖を過ぎ岡谷市に入ると、中央道は天竜川に沿うようにUの字にターンする。ずっと西へと走ってきた道は、ここから南へと進路を変えるのだ。天竜川は、諏訪湖から流れ出す唯一の河川。古くから、暴れ川と伝えられる川は、伊那谷に物資と文化とを運んできた流れ。ふと窓に顔を押しつけるようにして下のほうを見てみるが、流れは見えなかった。

 辰野を過ぎると、いよいよ伊那谷。ワイパーが水滴を拭うバスの前方に目をやれば、視界の両側に雲が低く被さった山が見えた。

 南アルプスと中央アルプス。伊那谷は、2つのアルプスを一緒に眺めながら暮らせる土地。夏であれば澄み切った青空と風がセットになって、一時の心地よさを与えてくれる風景も、今はより寒さを感じさせるだけだった。

 窓際の座席は、暖房が効いているというのに外気の寒さを、どんどん吸い込んでくる。運良く空いていた隣の座席に移り、身を縮めて、備え付けのブランケットを足先から肩の辺りまですっぽりと被って、ようやくホッとする。そんな姿に、途中のバス停で降りた老婦人は微笑ましい視線を向けた。

伊那谷楽園紀行・住みたくなる<人々>を求めて

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