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 1889年、パリで4回目の万博が開かれている。エッフェル塔が建設されたのはこの万博のため。フランス革命100周年を機に、参加29カ国が、科学、芸術、文学、経済、社会に関する展示を競い、国際会議を開き、意見を交換しながら開催した。そんな時代にポスト印象派の画家ポール・ゴーギャン(1848-1903)は、パリの港湾で荷を運び、日銭を稼ぎながら絵を描いていた。息が詰まるような都会からの脱出――まだ文明の波が押し寄せてないタヒチへの移住を夢見ながら。

 楽園タヒチの美しい海から始まる映画『ゴーギャン タヒチ、楽園への旅』は、続けて流通の拠点である港で忙しく荷役作業をするゴーギャンの姿を映し出す。そうやってゴーギャンの考える理想と現実を、エドゥアルド・デルック監督はさらりと並べて見せる。世知辛い今の世。理想を追いかけるのも息が切れる。スカイプでのインタビューに応じてくれたデルック監督に、文化と経済、理想と現実を描くときの考え方について聞いた。

ゴーギャンの芸術性や創造性が、他者と出会い、異国の文化と出合いによって進化していく

ゴーギャン役のヴァンサン・カッセルに演出するエドゥアルド・デルック監督

Q:まずはゴーギャンのどんなところに魅了され、この映画を作ったのかを教えてください。

エドゥアルド・デルック監督(以下、デルック監督):人間としての彼、アーティストとしての彼に惹かれました。ゴーギャンの芸術性や創造性が、他者と出会い、異国の文化と出合って進化していくことに興味を持ったのです。私も最初の長編をアルゼンチンで、今度はタヒチで撮ったていますが、異国の文化に触れることで、自分の想像力が豊かになり、膨らんでいくことを本当に興味深く思いました。それはゴーギャンの人生の追体験でもあったと思います。

 私はもともと田舎の人間で、都会に住むより、地に足がついた生活を好みます。でも仕事の性格上、どうしても都会に住まなきゃいけない。そうした面からも彼が野性を求め、何もないところで、自分を貫き、自分の芸術をやっていきたいと願う気持ちはよく理解できました。タヒチの文化は、空や海、自然との関わり、精霊の存在などアミニズムと密接です。ゴーギャンは、まさにそれら全てを体感したのだと思います。ゆえに魅かれ、映画にしたいと思いました。そして、それは日本の文化的背景とも共通すると思っています。そういった文化を描いた、河瀬直美監督の『二つ目の窓』も大好きな映画です。

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 2016年10月に東京都美術館でスタートした「ゴッホとゴーギャン展」の来場者は、なんと40万人を突破した。

 また、1892年にタヒチで描かれた「いつ結婚するの」は、絵画史上最高値の3億ドル(約327億円)で、2014年に売却されている。存命中は1枚しか絵が売れなかったと言われているゴーギャンだが、亡くなって125年を経た現在、数字だけ見ると彼の絵は金を生み出す卵だ。途方もない金額で売買される“絵画”とはなにか、デルック監督に聞いてみたくなった。