マンデラ氏をはじめ多くの政治犯が入れられた独房

 成田から香港経由でヨハネスブルグ、O.R.タンボ国際空港に着いた。国内線のケープタウン行きに乗り継ぐ合間、ふと空港内のトイレに入った。海外では珍しくピカピカに清掃されたトイレに少し驚いた。「ようこそ、私の美しいオフィスへ」とモップがけをしていた若い黒人男性が手を止め、海外からの旅行者に笑顔を振り撒いていた。

 最近、日本からの観光客数を伸ばしている。長かったアパルトヘイト(人種隔離政策)の歴史を克服し、さらに貧困格差、治安の問題を克服すべく動き出した南アフリカ。政府も今、観光産業に力を注いでいる。

 雄大な自然、そこに生きる野生動物を目当てに、“一生に一度は訪れたい”と言う旅行者も多い。多くの民族と言語、文化から成り立ってきたことから“虹の国”と呼ばれている南アフリカ共和国を旅した。

フォト・ジャーナル<大自然と人 “虹の国”南アフリカへ>倉谷清文第9回

岩を細かく砕くという作業をさせられた中庭

 ケープタウンに滞在中、どうしても行ってみたかった場所があった。

 ケープタウンの沖合12kmほどに浮かぶ島、ロベン島。ネルソン・マンデラ元大統領をはじめ、反アパルトヘイト運動に関わった活動家が政治犯として収容された刑務所があった島だ。ユネスコの世界遺産にも登録されているロベン島へは、ウォーターフロントからフェリーで移動するツアーになっている。

フェリーから見るロベン島

 その関心度は高く、海外からの観光客で船内は満席だった。獄中、まともな食事も貰えず過酷な労働を強いられたマンデラ氏は、27年という投獄生活のうち18年間をこのロベン島で過ごしたという。棟内を案内してくれるガイドも、元政治犯として収監されていた人である。ゆっくりと丁寧に語る口調から当時の様子が蘇ってくる。

 マンデラ氏は地獄のような生活であったにも関わらず、同じ囚人仲間と話し合い、どうしたら黒人が平等になれるか討論し合ったという。当初、白人刑務官にも怒りを持っていた。だが、どうしてこのような仕打ちをするのか理解しようと、白人の話す言葉アフリカーンス語を勉強したそうだ。(つづく)

(2017年11月撮影・文:倉谷清文)

※この記事はTHE PAGEの写真家・倉谷清文さんの「フォト・ジャーナル<大自然と人 “虹の国”南アフリカへ>倉谷清文第9回」の一部を抜粋しました。