マンデラハウス。マンデラ氏が当時使用していたものが展示されている

 成田から香港経由でヨハネスブルグ、O.R.タンボ国際空港に着いた。国内線のケープタウン行きに乗り継ぐ合間、ふと空港内のトイレに入った。海外では珍しくピカピカに清掃されたトイレに少し驚いた。「ようこそ、私の美しいオフィスへ」とモップがけをしていた若い黒人男性が手を止め、海外からの旅行者に笑顔を振り撒いていた。

 最近、日本からの観光客数を伸ばしている。長かったアパルトヘイト(人種隔離政策)の歴史を克服し、さらに貧困格差、治安の問題を克服すべく動き出した南アフリカ。政府も今、観光産業に力を注いでいる。

 雄大な自然、そこに生きる野生動物を目当てに、“一生に一度は訪れたい”と言う旅行者も多い。多くの民族と言語、文化から成り立ってきたことから“虹の国”と呼ばれている南アフリカ共和国を旅した。

フォト・ジャーナル<大自然と人 “虹の国”南アフリカへ>倉谷清文第9回

ステレンボッシュの町通りにて

 ケープタウン、ステレンボッシュ、ヨハネスブルグ、行く先々の町の本屋でネルソン・マンデラ氏に関する書籍が平積みされていた。

 長い獄中生活のあと大統領となったマンデラ氏は、抑圧されていたことに対する復讐ではなく、それを許すことを黒人側に説いていった。南アフリカのみならず世界中から讃えられたマンデラ氏の功績は永遠に語り継がれるだろう。今年、故マンデラ氏生誕100周年を迎える。

世界中にアパルトヘイトの実態を知らしめた写真がある記念碑=ヘクター・ピーターソン博物館にて

 ヨハネスブルグのソウェトは南アフリカで最大のタウンシップである。「8115 フィラカジストリート オーランドウエスト ソウェト」は国内でも知られた住所だ。

 マンデラ氏が逮捕されるまで家族と住んでいた家がある場所で、現在はミュージアムとなっている。近くには反アパルトヘイト運動のソウェト蜂起で犠牲になった13歳の少年ヘクター・ピーターソンの名を冠した博物館と記念碑がある。(つづく)

(2017年11月撮影・文:倉谷清文)

※この記事はTHE PAGEの写真家・倉谷清文さんの「フォト・ジャーナル<大自然と人 “虹の国”南アフリカへ>倉谷清文第9回」の一部を抜粋しました。