ジャズの名門レーベル「プレスティッジ」で最もヒットした曲は、キング・プレジャーの『ムーディーズ・ムード・フォー・ラブ』でした。今回はこの曲にまつわるちょっとした裏話とここから広まったジャズボーカルの新しい方向性について青木和富さんが解説します。

【連載】青木和富の「今夜はJAZZになれ!」

大ヒット曲『ムーディーズ・ムード・フォー・ラブ』はこうして作られた

エディー・ジェファーソン(Brian McMillen)

 プレスティッジ・レーベルの最大のヒット曲『ムーディーズ・ムード・フォー・ラブ』は、当時、ジャズではなく、R&B部門のチャートのトップになったいうことからも容易に推測できるように、その後のジャズ・ファン(とくに日本のジャズ・ファン)から、ほとんど無視された楽曲と言っていい。ジャズというより、ポップ・ソングという印象なのだ。これを歌ったキング・プレジャーとは、有名なハーレムの黒人音楽の殿堂「アポロ・シアター」のアマチュア・コンテストで優勝した人だった。

 このコンテストは、実力がなければ客席から容赦ない罵声を浴びせられると言われるが、簡単に言ってしまうと、その世界はジャズというより、芸人的な才能があるかどうかが重要だ。プレジャーは、まさにそういう魅力をもったシンガーで、さらにいうと、実はジャズ的な才能も兼ね備えた才人で、このヒット曲は、そうした観点から見ても、実に面白い歴史的なヒット作でもあった。

 実をいうとこのヒット作には興味深いウラの物語がある。元は、『アイム・イン・ザ・ムード・フォー・ラブ』というスタンダード・バラード・ソングだが、これをジェームス・ムーディーがサックスで演奏したものを、そのままエディ・ジェファーソンが歌詞を付けて歌ったので、『ムーディーズ・ムード・フォー・ラブ』となった。これは1940年代末のことである。こうした器楽演奏のボーカル化をボーカリーズと呼び、ジェファーソンは、ほぼその創始者と言われている。他にもチャーリー・パーカーやレスター・ヤングの演奏をジェファーソンはボーカル化している。

 プレジャーは、このジェファーソンを真似て歌ったのだが、どうもジェファーソンの許可を得ないで録音した疑いがある。とはいえ、ジェファーソンは、プレジャーをボーカリーズの才人と呼んでいるから、そんなに怒ってはいないのだろう。のんきな時代なのである。むしろ、ジェファーソンのこの得意芸が世間に広まることを喜んでいたかもしれない。しかし、歌詞はれっきとしたジェファーソンの創作で、歌手であり、同時に作詞家というのがエディ・ジェファーソンの肩書となっている。そして、プレジャー版の『ムーディーズ・ムード・フォー・ラブ』のヒットの大きな要素がこの歌詞じゃないかとも思う。

 他愛のない歌詞と言ってもいい。このラブ・ソングの中身は、好きで好きでたまらない、今すぐ会いたい、ニュアンス的に抱きたいといった性的な意味合いも感じさせ、そこがリスナーの心をくすぐったように思う。ジャズの世界では、こうしたことはよくあることで、逆に言えば、どんなに音楽的に素晴らしい演奏でも、直感的に下品な笑いを含む表現は、歴史的な演奏のリストに残ることはなく、闇に葬り去られるということがある。このプレジャーの歌も、大ヒットはしたが、ジャズの世界ではあまり話題にならなかったのもそういう事情があるかもしれない。