日本の3倍という広大な面積を占める内モンゴル自治区。その北に面し、同じモンゴル民族でつくるモンゴル国が独立国家であるのに対し、内モンゴル自治区は中国の統治下に置かれ、近年目覚しい経済発展を遂げています。しかし、その一方で、遊牧民としての生活や独自の文化、風土が失われてきているといいます。

 内モンゴル出身で日本在住の写真家、アラタンホヤガさんはそうした故郷の姿を記録しようとシャッターを切り続けています。内モンゴルはどんなところで、どんな変化が起こっているのか。

 アラタンホヤガさんの写真と文章で紹介していきます。


【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第8回

久しぶりに会う遊牧民たち。挨拶しながら、誰のラクダが優勝するか、予想しているのかもしれない=シリンゴル盟・スニド・バロン・ホショー(2013年1月撮影)

 モンゴルといえば夏に行われるナーダムが有名だ。ナーダムとは、もともとシャーマンによる儀式が起源で、オボー祭りと強い関連性があった祭典だと考えられている(【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第3回)。

 モンゴル帝国時代は軍事訓練の色合いが強くなり、相撲、競馬と弓射などが行われてきた。

 ナーダムは、文化大革命等の影響で伝統的な行事が禁止された歴史があり、長い間中断されていて、70年代後半から再開された。私が子供だった80年代から90年代前半は、地方でナーダムが年2、3回しか開催されなかった。

 しかし2000年以降は、観光ビジネスや少数民族による地域文化復興などの活動で、行われる数と規模がどんどん増えてきた。

 そして、現在は一種の伝統儀式や娯楽や観光イベントとして、毎年行われている。

 現在はシリンゴル地方だけでも年に大小合わせて数十回もナーダムがあり、やりすぎという批判も出ているほど、頻繁に行われるようになってしまった。

ナーダムの朝。みんなが競い合うようにできるだけ綺麗で豪華な民族衣装を身にまとうようになった=シリンゴル盟・スニド・バロン・ホショー(2013年1月撮影)

 本来ナーダムは、遊牧民が冬と春の厳しい季節を乗り越え、忙しい仕事が一段落し、家畜も新しい草でお腹いっぱいになる夏から秋の短い期間に行われることが一般的だ。その時、遊牧民はオボー祭りやナーダムを通して、宗教的な儀式を通じ、コミュニティーが団結し、情報交換なども行う。

 そして、乳製品や肉が美味しくなる短い夏の季節を楽しむ。しかし現在は、その内容が大きく変化したわけではないものの、伝統文化や観光ビジネスのため、冬もナーダムを行うことが多くなっている。(つづく)

※この記事はTHE PAGEの写真家・アラタンホヤガさんの「【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第8回」の一部を抜粋しました。

内モンゴル自治区の地図


アラタンホヤガ(ALATENGHUYIGA)
1977年 内モンゴル生まれ
2001年 来日
2013年 日本写真芸術専門学校卒業
国内では『草原に生きるー内モンゴル・遊牧民の今日』、『遊牧民の肖像』と題した個展や写真雑誌で活動。中国少数民族写真家受賞作品展など中国でも作品を発表している。
主な受賞:2013年度三木淳賞奨励賞、同フォトプレミオ入賞、2015年第1回中国少数民族写真家賞入賞、2017年第2回中国少数民族写真家賞入賞など。