羽生結弦選手(THE PAGE編集部)

 平昌冬季五輪の男子フィギュアスケートで66年ぶりの連覇を果たした羽生結弦選手(23)が27日午後1時半から東京の外国特派員協会で記者会見した。

 ※【**** 00:35:30】などと記した部分は、判別できなかった箇所ですので、ご了承ください。タイムレコードは「【中継録画】五輪連覇の羽生結弦選手が特派員協会で会見」に対応しております。

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さまざまな障害やけがなどがあったが、どのようにして競技を継続していくことができたのか

司会:まず、司会のほうから1つ告白しなければいけないことがあるんですけれども、実はフィギュアスケートを見るのが、私にとってかなり難しいものなんですね。というのは11歳のころにイギリスにいたころなんですけれども、実はスケートを学ぼうとしていたんですね。通っていたんですけれども、本当に滑る、スケートをするよりも、こけるほうが多かったので、そのときの痛みという記憶がものすごく今、自分の頭の中には残っていますので、スケートの選手を見ているときも、いつも恐怖を感じながら、本当にどきどきしながら、そのときの、子供のときの経験を思い出しているというようなことがありますので、速くスケートをしているだけではなくて、また、後ろ向きにスケートをしたりですとか、ジャンプをしたりなどというものを見ていますと、本当にものすごいことをしているんだなというふうに思います。

 メディアとしては、ここ近年でフェイクニュースですとか、そういったような言葉がよく耳にすることがあるんですけれども、羽生選手の滑り、スケートを見ていると、本当の意味での真実というものを見ているという気持ちになります。本当の意味での真実、美しさ、芸術性などというものを、本当に見ているような印象がありますので、その感動、そしてその希望などを与えてくださっていることに感謝をしたいと思います。

 では、質問のほうに入りたいと思うんですけれども、長年の練習などを経験されて、さまざまな障害やけがなどもあったかと思います。その中で、どういうふうに、ずっと継続することができるのかについて教えてください。

羽生:僕はわりと普通の選手の中でもけがや病気が多いほうの選手だと思っていて、その間、練習ができなかったり、試合に出れなかったりということが、特にこのソチオリンピックからの4年間、すごく続きました。ただ、やはり小さいころからずっとオリンピックで金メダル取ることが夢でしたし、具体的に2連覇ということは考えてなかったんですけれども、やはりこの年齢でこのときのオリンピックで金メダルを取りたいという気持ちがずっとあったので、その気持ちにずっと押してもらいながら、スケートを頑張ってきたかなと思います。

(00:16:42~00:17:33 音飛び)

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