筆者(右)と松元拓也。松元は仙拓の取締役だ。

 重度障がい者が自分らしく働ける場をつくりたい──。「お前みたいな軟弱障がい者、ロクな人生送れない」と言われてから、筆者の起業への思いは次第に抑えられなくなっていった。

 内定を断り、本実習に行かないという決定を筆者がしたことに対して、学校では大きな波紋が広がった。今後、学校とその職場との関係が悪くなるかもしれないし、そんな誰もがうらやむ職場に「行かない」という選択は、みんなにとって受け入れ難かったようだ。

 同級生にも「断っちゃってもったいない」とか「やめて、どこ行くの?」などと言われたし、担任や進路担当の先生にも再三にわたって、本実習に行くように説得された。正直、気持ちが揺れる部分も少しはあった。

 あんなに良い職場に今後巡り合えるかは分からないし、冷静に考えてみたら、やっぱり行ったほうがいいんじゃないかとも考えた。

 でも、あそこで働けば、周りの人が持つ雰囲気によって、自分の気持ちが辛くなってしまうかもしれないし、逆にその環境で働き続けることで、自分も他の障がい者のことを下に見るようになってしまうと怖い、とも思った。

 小学校の頃から「働く」のは難しいことだと考えていたが、これを実感したのも、このときのことだ。周りからは「もったいないことをした」と言われ続けたが、どうしても筆者はそこに行く気にはなれなかった。

 正式に断った後、筆者は自分の選択が本当に正しかったのかどうか悩み、残り少ない学校生活を悶々と過ごしていた。

 筆者には幼馴染みがいた。松元拓也という、同病で3つ年上の先輩だ。

 そんな彼に、就職活動の実習がうまくいかず、今後の進路が決まっていないことを愚痴りながら話していた。

 「重度障がい者でも働く場所が欲しいよ」

 すると、松元は答えた。

 「残念だが、そんな場所ねぇよ」

【連載】寝たきり社長の働き方改革