古河市兵衛(三省堂『画報日本近代の歴史5』より)

 銅山経営で財を成した古河財閥の祖・古河市兵衛は、もともとは貧しくて学もない豆腐屋のせがれでした。古河の出世物語を語るのに欠かせない「豆腐をこわされ一念発起」というエピソードが有名です。人を惹きつける力があり、独自の人生哲学を持っていた市兵衛は、どのように資産家としての人生を切り開いていったのでしょうか? 市場経済研究所の鍋島高明さんが解説します。

【連載】投資家の美学

初対面の人でも自家薬篭中のものにする才能

 豆腐屋のせがれから身を起こし、巨万の富をつかみ、「銅山王」と呼ばれるに至った古河財閥の開祖古河市兵衛。日本近代史を彩る巨星の1人である。市兵衛と心を許した渋沢栄一が語っている。

 「あの男は終始、人は運鈍根の三つが必要だ、耳朶(じだ)が肝腎だなどと妙なことを言っていた。運鈍根というと古河市兵衛の一手専売造語のようになっているが、この独特のモットーの中に古河の人生観、処世観、社会観まで味わい尽くせるように思う。大欲は無欲に似たりとでも言うか、とくと金儲けをしたいという風には見えなかった。それからちょっとして、人生の機微に通じ、いい意味で最も外交術に長けていた」

 古河の態度は素朴で言葉は朴とつとして、いわゆる“無学無才”を自認しているようであったが、古河は初対面の人でもたちどころに自家薬篭中(じかやくろうちゅう)のものにしてしまう妙味の人であった。

 古河市兵衛の肖像写真は、決まったようにチョンまげを結っていて、「チョンまげ大尽」と呼ばれた。チョンまげは市兵衛のトレードマークでもあるが、知遇を得ていた井上馨侯から常に言われていた。

 「文明開化の世の中ではないか。そんな過去の遺物は目ざわりだ。切り捨てたまえ」

 しかし、市兵衛の断り文句は決まっている。

 「1日1万円ずつ儲かるようになったら切り落とします」

 ところが、段々と市兵衛の頭髪自体が薄くなってきたため、チョンまげを落とす決心がついた。

 井上馨立ち会いのもと、市兵衛の“元服式”が挙行された。この時、井上侯が狂歌を贈って祝宴を盛り上げた。

   「世の中に輝かしたる君の名は
    すなわちかみのお陰なりけり」

 「満堂、興を増す、幾層」と元服式の盛況ぶりが今日に伝えられる。