かつて日本車のコピーだらけと言われていた中国車。「いいものの真似をして何が悪い。真似をしてあげているのだ」と公言する中国自動車メーカーのトップもいたほどだ。こうした海外市場でのコピー車、模倣車に対して日本の自動車メーカーはどのような“戦い”を繰り広げてきたのか。「Hondaの知的財産戦略」のタイトルで講演活動をしている本田技研工業知的財産・標準化統括部統括部長の別所弘和氏がその一端を明らかにしている。

トヨタの高級ブランド車と酷似していると言われた比亜迪汽車(BYD)の「S6」=2011年の上海モーターショー

 中国のモーターショーには、かつて日本車と見間違う車が数多く出展されていた。例えば比亜迪汽車(BYD)の初のSUV(スポーツ用多目的車)の「S6」は外観がトヨタの高級ブランド車と酷似していると言われた。

 別所氏は、BYDの開発スタイルについて、「毎年数千万元を投資して、ホンダやトヨタをはじめ世界各地の車を購入して分解しながら開発していた。そして、特許がなければ、そのまま製造し、特許があれば少しだけ改造した」と指摘する。積極的にリバースエンジニアリングを行うことで開発期間と費用を短縮していたという。

 コピーは自動車だけでなく、バイクや耕運機などにも及び、特にオートバイについては中国国内で年間1000万台もの生産台数に達して市場が飽和した。そのためインドネシアやベトナムなどアジア市場に中国のオートバイが進出したが、その多くがコピーバイクでコピーがアジア市場を席巻する事態となった。

 「我々は売った後の保守・点検も含めてビジネスをしているわけですが、コピーはそんなことはお構いなし。手っとり早く売って儲けて、修理をする時はホンダのサービスに乗っかるのです」と別所氏。

 中国で氾濫したHONDA STREAM(日本名SPACY)のコピーに対してホンダは1997年12月に意匠権の侵害訴訟を提訴したが無効とされ、その後、地裁提訴、高裁控訴を経て2005年、提訴から7年半をかけてようやく勝訴を勝ち取ったという。