日本の人口は長い減少期に入りました。日本列島では過去1万年間に、縄文時代後半、平安〜鎌倉時代、江戸時代中期(18世紀)の少なくとも3度、人口増加が停止または減少した時代があったとみられています。そのときと大きく異なる要因として、大衆が主役となった社会で迎えた初めての人口減少時代という視点を挙げることができるでしょう。

 人口が減っていく社会は、どんな心理を感じる大衆で構成されると予想されるのでしょうか ──。 帝京大学文学部、大浦宏邦教授が執筆します。


[図1]残業する若年労働者。人口減少社会は残業を増やすのだろうか(写真:アフロ)

 今後、日本の人口は大きく減っていくことが予想されています。人口の減少は人々の心理にどのような影響を及ぼすのでしょうか。このテーマの実証的な研究はまだないといっていい状況ですが、これまで知られている事柄を材料にしながら考えてみることにしましょう。

1 人口減少と競争

 受験シーズンになると大学では18歳人口の減少がよく話題になります。受験生が減ると大学は大変だ、競争激化だ、定員割れで立ち行かなくなるところが出るかも……と暗い話になりがちです。一方、同じ状況を受験生の側からみると、競争率が下がって大学もずいぶん広き門になったと感じられることでしょう。ベビーブーム世代や第二次ベビーブーム世代が若いころに受験地獄と騒がれていたことを思うと今昔の感があります。

 少子化や人口減少というと先行き不安な景気の悪い話と捉えられがちです。実際、企業にとっては顧客が減って売り上げが落ちたり、縮小するパイを奪い合って競争が激化したりと、厳しい面が多くあります。一方で通勤電車の混雑が緩和して、席取り競争から解放されたり、不動産の価格が下がって広い住居にゆったり住めたりするようになるかもしれません。

 人口が減る社会では競争は激しくなるのでしょうか。それとも緩和するのでしょうか。人口減少が人々の心理に与える影響を考える手がかりとして、まずこの問題を考えてみることにしましょう。

 最初の受験の例で、仮に人口が半分になったときに、大学の数も受験生の数もどちらも半分になったとするとどうなるでしょうか。

 この時は、競争率は変わりませんので、競争は激しくも緩やかにもなりません。この場合は、人口減少は競争に対して中立に作用します。では、大学の数は変わらずに受験生の数だけ半分になったとしたら、どうでしょうか。このときは受験者側からみた競争率は半分になり、競争は緩和します。他方、大学側は受験生を激しく奪い合うことになるので競争は激化するでしょう。

 大学の数が半減して受験生の数が変わらない場合も考えておきましょう。このときは受験者側の競争率は2倍になって狭き門となりますが、大学側からみるとずいぶん競争が緩和されることになります。

 このように人口の減少と競争との関係は一様ではありません。需要者(上の例では受験生)と供給者(大学)のどちらがより大きく数を減らすか、さらに需要者と供給者のどちらの立場から見るかによって、競争は激しくもなれば穏やかにもなるし、中立に働く場合もあることがわかります。

 では、どのような場合が起こりやすいのでしょうか。 おそらく上のうちでは、大学の数はあまり変わらずに受験生の数が減るケースが起こりやすいと予想されます。一旦できた大学を統廃合するのは簡単ではないですが、受験生の方は人口が減るとストレートに減ってしまいます。この場合、大学にとっては、競争は厳しく、受験生にとっては穏やかになると考えられます。

 一般化していうと需要者と供給者では供給者の数は減りにくく、需要者の数は減りやすいと言えるでしょう。製品やサービスを提供するには設備投資が必要ですし、生産組織を整える必要もあります。一旦できた設備や組織を縮小するにはそれなりに時間がかかります。他方、需要者の数は人口が減ると速やかに減っていくと考えられます。

 このように考えると、人口減少社会は製品やサービスの供給者にとっては減りゆく顧客を奪い合う競争の厳しい社会である一方、需要者にとっては製品やサービスが豊富に、おそらくは安価に提供されるありがたい社会ということになるでしょう。

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