エンゲル係数の解釈をめぐって、ネット上の百科事典である「ウィキペディア」で内容の書き換え合戦が起こるという騒動がありました。物事には様々な解釈があって当然ですが、土台となる指標がコロコロ変わってしまっては指標として意味をなさなくなってしまいます。こうした行為はできる限り慎重であるべきでしょう。

写真:アフロ

 エンゲル係数は、よく知られているように家計の消費支出に占める食費の割合を示した指標です。食料品には、生活を維持するための最低限度の支出水準というものがあり、嗜好品と比べて極端に節約することができません。生活が苦しくなってくると、家計支出に占める食料品の割合が増加するという一般的な傾向が見られることから、エンゲル係数は生活水準を示す指標としてよく使われています。

 もっとも、先進国においては消費が多様化しており、必ずしもエンゲル係数の上昇が生活水準の低下を示すとは限りません。従って、エンゲル係数について分析する際には、社会全体がどの程度豊かなのかなど総合的に判断する必要があります。

 このところ日本のエンゲル係数が急上昇するという現象が顕著となっています。日本の労働者の実質賃金が低下していることや、豊かさの指標である1人当たりのGDPについて国際的な順位を著しく落としていること、日本の労働生産性が先進国と比較してかなり低いことなどから総合的に判断すると、エンゲル係数の上昇は、家計が苦しくなった結果であると解釈するのが妥当でしょう。

 野党はこうした状況を受けて、エンゲル係数の上昇はアベノミクスが失敗した結果であると追求。安倍首相はこれに対して「生活スタイルの変化が含まれている」と反論しました。野党に追及された首相が、いろいろと理屈を駆使して反論するのは、昔からよく見られる光景であり、特段、驚くべきことではありません。また安倍氏は、エンゲル係数の上昇は、一般的に生活が苦しくなっていることを意味するという前提で反論していますから、反論内容の是非はともかくとして、同じモノサシで議論しています。

 ところがこの首相発言の後、ウィキペディアが首相発言をベースにした内容に書き換わり、これに反発する他の利用者との間で論争が勃発しました。一時は編集できないよう凍結された状態にありました。

 議論があることはよいことですが、状況の変化に対してモノサシを変えるということを許容してしまうと、議論そのものが成立しなくなります。日本人は論理ではなく情緒で物事を決める傾向が強く、モノサシを変えてしまうことに鈍感です。

 モノサシを変えるというのは途上国では日常茶飯事ですが、もし日本が民主的な先進国であるというなら、こうした行為は限りなく慎重であるべきでしょう。

(The Capital Tribune Japan)

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