どの人にも公平に与えられている「時間」ですが、時間に対するとらえ方のうちに国民性の違いもみえるようです。時の研究家、織田一朗氏が「時間感覚にもお国柄が」をテーマに執筆します。

フィンランド・ヘルシンキの空港(著者提供)

 かつて筆者が属していた会社では、海外から有力取引先を日本に招いて、もてなしていたが、担当者の悩みは、参加者が時間通りに歓迎パーティに集まってくれないことだった。

 冗談半分に、「時間通りに来るのは、ドイツ人やオランダ人などゲルマン系、ちょっと遅れてくるのがアメリカ、イギリス人などのアングロサクソン系、1時間遅れてくるのがフランス、イタリアなどのラテン系、開会時間に起きるのがスペイン人……」などと言っていた。

 もっとも、欧米ではパーティには、開始時刻にちょっと遅れて参加をするのがマナーで、英語では「ファッショナブリー・レイト」(粋な遅刻)と言う。主催者が受け入れに万全の準備の時間を取れるよう配慮するためだ。

「時間厳守」はドイツ人の哲学

ドイツの伝統的建築が保存されている街並み(著者提供)

 筆者は「時の研究家」という職業柄、海外に出かけると、名所旧跡だけでなく、時間に関する「お国柄」も気になる。

 ドイツでは、「時間厳守」は人格の一部のようだ。ある時フランクフルトで体験した送迎バスでの出来事だった。宿泊したホテルから空港までの送迎バスは事前予約制で、われわれの一行4名しか乗らないにもかかわらず、5分前にマイクロバスに乗ろうとすると、「まだ5分前だからダメだ」とあっさり断られた。

「お客様第一」の今の日本では、さしずめ従業員の取り繕った笑顔ともみ手で、「お急ぎでいらっしゃいますか。すぐに出発させましょう」といった展開になるか、乗客が「他に乗客はいないのだからバスをすぐに出せ」と要求することだろう。だが、ドイツでは、「決められた時間になっていない」ことが拒否の重要な理由なのだ。

 会合でも「出席者が少ないのでもう暫くお待ち下さい」などということはなく、予定時刻になったら始まるのが当たり前になっている。確かに慣れてみると、「時間通り」は気持ちが良い。誰かの顔色をうかがったり、どこかから指示をされるのでもなく、誰にも公平な『時』を基軸に生活が進んでいく。

 ドイツを代表する航空会社は「安全、環境、定時性」をモットーに掲げ、「自分たちの役割は輸送業であり、定時性、安全こそが輸送機関としての最大の使命」と言い切っている。世界中の航空会社が、「乗客に好まれる質の高いサービス」などと、美辞麗句を並べている中で、輸送業の根本である「定時輸送」を重視する姿勢を貫いている。

 ゲルマン民族が時間に厳しいのは、「時間を守れないのは、生活の中で自分をコントロールできていない」との考えに基づいているためで、「時間厳守」は単なるマナーや心掛けの問題ではなく、哲学そのものなのだ。