朝、羊を数えて、牧草地に行かせる=フルンボイル市・シニバルグバロン・ホショー(2015年8月撮影)

 日本の3倍という広大な面積を占める内モンゴル自治区。その北に面し、同じモンゴル民族でつくるモンゴル国が独立国家であるのに対し、内モンゴル自治区は中国の統治下に置かれ、近年目覚しい経済発展を遂げています。しかし、その一方で、遊牧民としての生活や独自の文化、風土が失われてきているといいます。

 内モンゴル出身で日本在住の写真家、アラタンホヤガさんはそうした故郷の姿を記録しようとシャッターを切り続けています。内モンゴルはどんなところで、どんな変化が起こっているのか。

 アラタンホヤガさんの写真と文章で紹介していきます。

【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第9回

中国の四大草原の一つと讃頌されてきたフルンボイル草原。近年、この草原の衰退が急激に進んでいる=フルンボイル市・シニバルグバロン・ホショー(2015年8月撮影)

 2015年8月、私はフルンボイル草原を訪れるという長年の夢を果たした。フルンボイル草原は中国でも有数の豊かな草原で、私の地元よりも伝統的な遊牧文化がよりよく残っている。子供の時からの憧れの地だったが、なかなか行けなかった。だが中国版のSNS、WeChatでウジムジさんという女性と知り合い、彼女の家で滞在しながら撮影させてもらえることになり、取材が実現した。

 私が出発したシリンホト市からフルンボイルの中心地、ハイラル市までは1100キロの道のりで、翌日昼ごろ到着予定の午後3時発、夜行バスに乗った。

 バスは順調に走っていたが、夜9時ごろに大きな音を立てながら右側へと斜めに傾きだし、そのまま100メートルぐらい走ってやっと止まった。パンクかなと思って降りてみると、どうやら後輪の軸が折れた様子だった。そのまま高速道路で止まったまま、近くの修理工場から部品が届くのを待った。部品が届いたのは2時間後。修理が終わり、出発するまで4時間以上かかった。結局、目的地に着いたのは翌日の夕方4時過ぎになっていた。

 そのハイラル市から車をチャータして、さらに100キロ以上走ってようやく彼女の家に着いた。4人家族だが、両親と弟はオボー祭りに出かけ、留守だった。そのため、近所に住む彼女の叔父一家が手伝いに来ていた。(つづく)

※この記事はTHE PAGEの写真家・アラタンホヤガさんの「【写真特集】故郷内モンゴル 消えゆく遊牧文化を撮る―アラタンホヤガ第9回」の一部を抜粋しました。

内モンゴル自治区の地図


アラタンホヤガ(ALATENGHUYIGA)
1977年 内モンゴル生まれ
2001年 来日
2013年 日本写真芸術専門学校卒業
国内では『草原に生きるー内モンゴル・遊牧民の今日』、『遊牧民の肖像』と題した個展や写真雑誌で活動。中国少数民族写真家受賞作品展など中国でも作品を発表している。
主な受賞:2013年度三木淳賞奨励賞、同フォトプレミオ入賞、2015年第1回中国少数民族写真家賞入賞、2017年第2回中国少数民族写真家賞入賞など。